スペインサッカー、美学と不条理BACK NUMBER
世界最高のGKがまさかのベンチ。
カシージャスの鬱屈としたシーズン。
text by
工藤拓Taku Kudo
photograph byAFLO
posted2013/09/03 10:30
リーガ開幕戦、サンティアゴ・ベルナベウのベンチで戦況を見つめるカシージャス。
70%が「移籍を検討すべき」と答えたアンケート。
ケガはとうに完治しており、コンディションに問題はない。むしろプレシーズン中のプレーは調子の良さを感じさせるものだった。もちろん監督との確執もない。それでも試合に出られないという現実に直面した今、カシージャスの下にはアーセナルやリバプール、パリ・サンジェルマンといったビッグクラブの誘いが届きはじめている。
9歳からレアル・マドリー一筋でプレーしてきた彼が他クラブへの移籍を決断するのは簡単なことではない。とはいえ、来年6月に行われるワールドカップのピッチに立つためには、ベンチ生活を続けるわけにはいかないことも本人はよく分かっているはずだ。
現状、スペイン代表のビセンテ・デルボスケ監督は「イケルは他の選手とは異なる」とその立場を保障しているものの、いつまでも特別扱いを続けるわけにはいかないだろう。実際、9月のワールドカップ予選に向けては、好調のビクトル・バルデスを先発起用すべきとの声が高まっている。
これまで大多数のファンがカシージャスへの支持を示してきた世論にも変化が見えはじめている。『マルカ』紙のウェブアンケートなどで、「移籍を検討すべき」との回答率が70%を軽く超えたのはその表れだ。
「このクラブは自分に全てを与えてくれた」
コンフェデレーションズカップで数カ月ぶりに公式戦のピッチに立った直後、カシージャスはあるインタビューで言っていた。
「レアル・マドリーで引退したいと思っているけど、監督から不要とされた際には何も抵抗するつもりもない。その時には他に目を向けるだけさ。でも自分の目標は常にレアルだ。このクラブは自分に全てを与えてくれた。今着ている代表のシャツもそうだけどね」
あれから2カ月。夏の移籍市場が終了した今も、カシージャスは無言でサンティアゴ・ベルナベウのベンチに座り続けている。
アンチェロッティは「カシージャスにもプレー機会を与えることを検討している」と言っているが、それはあくまでも第2GKとしてのこと。ディエゴ・ロペスがケガをするか、極端な不調に陥ることでもなければ、今後もその立場が劇的に変わることはないだろう。
逆にこのままディエゴ・ロペスが好調を維持するようであれば、レアル・マドリーの定位置確保はもちろん、代表入りの声も高まってくるだろう。そうなった場合、代表GK3人の中で唯一ベンチ生活を送っているカシージャスの処遇が注目されることは避けられない。
はたしてこれから数カ月のうちにカシージャスが置かれた状況に変化は生じるだろうか。そうでなければ、1月にも彼は大きな決断を迫られることになるだろう。
ワールドカップで1回、EUROで2回、優勝カップを高々と掲げたGKは今、キャリアの岐路に立たされている。