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完勝の日本王座奪取にも「未熟者」。
井上尚弥、モンスターが背負う宿命。 

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渋谷淳

渋谷淳Jun Shibuya

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photograph byJun Tsukida/AFLO SPORT

posted2013/08/27 10:31

完勝の日本王座奪取にも「未熟者」。井上尚弥、モンスターが背負う宿命。<Number Web> photograph by Jun Tsukida/AFLO SPORT

日本最速タイ記録で日本王者となった井上。次に狙うは井岡一翔の持つ7戦目での日本最速世界王者の記録だ。

 スーパールーキーとして期待を集める井上尚弥(大橋)が王者の田口良一(ワタナベ)を大差の判定で下し、8月25日に日本タイトルを獲得した。プロ4戦目での日本タイトル奪取は辰吉丈一郎らに並ぶ日本最速タイ記録である。

 スコアの上では井上の完勝。ただし井上が勝利者インタビューで「まだまだ未熟者です」と語ったように、「田口がよく戦った」という印象を強く残した試合だった。その証拠に、敗者に対して会場からは勝者と同じくらい温かい拍手が送られた。つまり井上は田口に善戦を許してしまったわけだが、その理由は何だったのか。

 試合直後、大橋秀行会長は「今日は悪いスパーリングをしているときの尚弥そのもの。倒したい、倒したい、という気持ちばかり焦っていた」と説明した。井上は「KOを狙いたいと思って打ちに行った。倒し切れなかったことは非常にショック。狙いすぎてパンチが見えすぎていた部分があったと思う。(ヒットしているパンチでも)それほど芯で当たっていないと思う」と振り返った。

KOを狙いすぎて、得意のコンビネーションが粗雑に。

 記録のかかった日本タイトル挑戦は、日本タイトルマッチとしては異例のゴールデンタイムで中継された。試合会場のスカイアリーナ座間は井上の地元であり、会場の入り口付近では井上後援会発足のチラシが盛んに配られていた。もともと「アマチュア時代からRSC(Referee Stop Contest プロボクシングのTKOに相当)で勝ちたいと思っていた」という井上でもある。モンスターという異名を与えられた20歳が、是が非でもKOで勝ちたいと思うのも無理はなかった。

 その気持ちが硬さを生んだ。

 ミスブローで体が流れるという、今までは見られなかった姿も何度か見せた。それでも2回からは前に出てくる田口に対応し、冷静にカウンターを打ち込むスタイルに変えた。4回にはジャブがビシビシと出るようになって「これはKOも十分ある」と思わせた。

 ところが5回以降、どこか集中力を欠く局面が増えてしまうのだ。ジャブが出なくなり、本人が「狙いすぎた」と自覚するように、動きがラフで一発狙いという印象を与えた。才能あふれるスピーディーなコンビネーションは“枝葉”程度にとどまり続け、相手を仕留めるに至るどっしりとした“太い幹”までを形作ってはいかない。手順を踏まず、ビッグパンチをただ振り回しているだけでは、KOは決して生まれないのだ。

【次ページ】 井上対策を練り、万全の態勢で初防衛戦に臨んだ田口。

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