Sports Graphic Number MoreBACK NUMBER
<賞金女王への途上> 有村智恵 「思いきってもっと強く」
text by
雨宮圭吾Keigo Amemiya
photograph byTaku Miyamoto
posted2010/11/11 07:30
気を吐いているのが22歳の有村智恵だ。昨季に比べれば数字上の
結果は最良ではない。だが確かな強さを彼女は手にしつつある。
すっかり薄暗くなった練習場に乾いた打球音だけが響いていた。
松の木々が黒いシルエットとなって浮かび上がり、白いボールは闇にまぎれて行方を追うことさえままならない。あたりに他の選手の姿はすでになく、見つめているのは父親の明雄さんと小田亨キャディーの2人だけ。一球、そしてまた一球。体の輪郭まで薄れていくようなぼんやりとした闇の中、有村智恵は黙々と球を打ち続けていた。
球筋や弾道を確かめてスイングを調整するといったたぐいの練習ではなく、一球ごとに自分の内なる感覚と対話を繰り返す。それは賞金女王を目指す道程で失ってしまったものを取り戻すための作業。10月初旬に大利根カントリークラブで行なわれた日本女子オープン、3日目のラウンド後の光景だった。
プロ5年目を迎えた有村にとって、今シーズンはこれまでと大きく異なる環境に身を置いた1年だった。
昨年は横峯さくら、諸見里しのぶに次ぐ年間5勝を挙げ、最終戦までもつれた三つ巴の女王争いに加わった。獲得賞金額は1億円を突破して賞金ランクは自己最高の3位。ツアーの看板選手に成長し、テレビCMに出演するようにもなった。周囲の期待は当然膨らむ。誰よりも有村自身がそう思っていた。
「やっぱり去年の成績がよかった分だけ、去年の自分には勝ちたいと思いました。応援してくれる人もすごく増えたので、色々な自覚とかは多くなったかな。周りよりも自分が一番期待するし、頑張りたいなと思って今年に挑んでいました」
昨年の活躍は有村を憧れの先輩たちと同じステージに押し上げた。
これまでの有村は偉大な先輩たちが通ってきた道をたどりながら成長してきた。生まれ育った熊本には不動裕理を始め、古閑美保や上田桃子といった賞金女王に輝く才能の持ち主たちがいて、熊本を離れて進学した東北高校でも2学年上の宮里藍が常に手本を示してくれた。彼女たちにあこがれ、追いつこうとする努力は、そのままトップレベルの選手へと成長する道だった。
しかし、昨年の活躍は有村を彼女たちと同じステージに押し上げた。2月の米ツアー、HSBC女子チャンピオンズで有村は32位に終わり、宮里が2週連続優勝を達成。以前なら先輩の勝利にただ感激していたはずが、今までとは違う思いが湧き上がってきた。
「今年は結果を求めていこうと思っていたので、自分と同じ日本人選手が勝ったことの悔しさの方が大きかった。藍先輩が優勝したからこその悔しさでした」
先輩たちにあこがれ、その背中を追いかけていれば満足できた時代は過ぎた。ここから先は彼女たちと対等に渡り合うために自分を磨き上げていくしかない。追いかけるべき対象は、他人ではなく過去の自分。1年前の自分を上回ろうと考えたとき、今季の目標はおのずと賞金女王に定まった。