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弱さを自覚して再出発の韓国代表。
ホン・ミョンボ監督就任までの経緯。 

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吉崎エイジーニョ

吉崎エイジーニョ“Eijinho”Yoshizaki

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photograph byAP/AFLO

posted2013/07/03 10:30

弱さを自覚して再出発の韓国代表。ホン・ミョンボ監督就任までの経緯。<Number Web> photograph by AP/AFLO

7月28日には東アジア杯の一戦として、韓国のチャムシル総合競技場において約2年ぶりとなる日韓戦が実現する。

 ワールドカップ本番まであと1年を切った。

 この時期はどの国も迷走するものなのか……アジアのライバル韓国は、すったもんだの末に“第一希望のあのカリスマ”を新指揮官に据えた。

 6月24日、大韓サッカー協会(KFA)が韓国フル代表新監督にホン・ミョンボ元五輪代表監督の就任を発表した。契約期間は2年。ファン、メディアが最も望んだ人材がその座に就いたのだった。

 前任のチェ・ガンヒ(2011年12月に就任)のそもそもの契約期間がワールドカップ最終予選終了時までだった。チェ・ガンヒは予選の期間中から契約期間満了後の退任を公言。後任探しは早くから話題となっていた。

 18日のワールドカップ最終予選最終節の直後から、本格的にホン・ミョンボ就任の噂がメディアで飛び交った。昨年のロンドン五輪後、恩師ヒディンクが指揮を執るロシアのアンジで指導者研修を受けていたホン・ミョンボ。KFA関係者は今回、一度オファーを出したが断られた点を明らかにしている。本人もそれまで「ブラジル大会で指揮を執ることはない」と公言していた。ロンドン五輪での成功からの間隔が短いこと、また自身に年代別代表での指揮経験しかない点が理由にあると見られていた。

就任要請を受諾した決め手は“規律ある選手たちと仕事をしたい”。

 翻意の理由は何なのか。

 6月25日の就任会見でこんな裏話を明らかにしている。

「ロシアで、ヒディンクからの助言を受けた。『もしフル代表監督のオファーが来た時は、日常生活のすべてを“鍋で煮立て”てみろ。そして最後に何が出てくるか考えてみるんだ』、と。その結果、何も就任を遮るものが無いと分かったので決めました」

 アンジでチームと同行している時にふと感じた点も、オファー受諾の引き金になったという。

「アンジは多国籍軍団だった。価値観の違いがあり過ぎてまとめるのは大変だろうなと感じた時、韓国の選手たちを思い出した。規律がある選手たちと、再び仕事がしたいと。オファーを受けた理由のひとつは“大韓民国の選手たち”だ」

 ちなみにヒディンクからは、「おまえが代表監督になれば、俺がコーチをしてやる」と冗談を言われていたらしい。メディアでは「どうやってパク・チソンを代表に呼び戻すのか」といった話題も報じられている。コーチや選手の人選まで含めて、これまでの代表チームの流れとはまったく別の新体制で、すっきりとブラジルに向かうというところか。

 今回の就任騒動、いくつかのポイントを掘り下げて検証してみると、興味深い事実が見えてくる。

「なぜ前監督がW杯最終予選までの契約だったのか?」

「6月18日にはイランにホームで敗れたが、韓国代表は弱くなったのか?」

 そして、これらのテーマには実はザック・ジャパンの存在が強く影響している。

【次ページ】 南ア後、韓国代表はパスサッカーを目指したが……。

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