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松井秀喜だからこその、国民栄誉賞。
偉大なる「普通人」が果たした親孝行。
text by
中村計Kei Nakamura
photograph byAFLO
posted2013/04/10 11:30
国民栄誉賞授与が発表された4月1日。試合前のヤンキースタジアムのスコアボード上の画面に、松井の活躍の数々が大きく映し出された。
彼のコメントはいつもつまらないと思っていたが……。
それまでは松井のコメントに対し、不満に思うことの方が多かった。あまりにもありきたりな言葉に終始するからだ。つまらないとさえ思ったこともある。だが、このとき初めて松井のすごさがわかった気がしたのだ。
今にして思えば、どんなに大仰な言葉を使っても様になる場面だった。こんなに普通じゃない状況においても、松井はこんなに普通のことしか言わないのだ。そこが松井の偉大さであり、多くの人に愛される理由なのだと思った。
世間は今回の受賞に関して、メジャーでの実績が不十分だの、松井よりも野茂(英雄)の方がふさわしいだのとかまびすしい。
私も最初はそう思っていた。だが、それをいちばん理解しているのは他でもない松井自身だろう。あれだけ「普通」の感覚を持っている松井がそこを理解していないはずがない。
想像だが、松井1人に対する受賞打診であれば、松井は辞退していたのではないか。
ある記者が「長嶋(茂雄)さんが松井と一緒に受賞したことをあれだけ喜んでいたら辞退できないでしょう」と話していたが、私もそう思った。
恩師との同時受賞は、最大の「親孝行」でもあるのだ。一介の新人記者のあいさつさえ無下にできない男が、そういう意味を持った授賞を断れるはずがない。
“広く国民に敬愛され”た松井秀喜にこそ、この賞はふさわしい。
国民栄誉賞は、ときの首相が「広く国民に敬愛され、社会に明るい希望を与えることに顕著な業績があったもの」に与える賞だ。
必ずしも実績重視ではないと謳っている。それこそ、いの一番に「広く国民に敬愛され」とあるではないか。うがった見方をすれば同賞は政府の人気取り策だが、いわば「究極の国民人気投票」だ。
その意味において、日本でもっとも偉大な「普通人」である松井ほどふさわしい人物はいないのではないか。