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<正GKの座を外されて> 楢崎正剛 考えるのは終わってからでいい。
text by
寺野典子Noriko Terano
photograph byNaoki Nakanishi(JMPA)
posted2010/07/05 06:00
本大会を目前にしてそのポジションを失った――厳しい現実。
しかし彼に動揺はない。ただ平常心で、戦う準備を整えていた。
「外れた?」
5月29日、翌日に控えたイングランド戦の予想スタメンをタイプする手が止まる。GK楢崎正剛……そう記したときだった。数時間前、練習後に挨拶を交わした楢崎の姿から、オーラが消えていた。少し頼りなさげに笑った顔。「もしかして」という思いはすぐに消えたが、想像通りの現実が待っていた。
「練習で調子の良さを感じた」と岡田監督はイングランド戦の先発に川島永嗣を起用。以降、川島はW杯を戦う日本代表の守護神に定着する。
「こんな人生もあるんちゃうかな」
楢崎がそう漏らしたのは、6月2日の練習後だった。グラウンドから宿舎までの道を一緒に歩いた。ジャーナリストとしては失格かもしれないが、サッカーの話はできなかった。当たり障りのない会話を続けた。彼が弱っていることは十分に理解できたから。
外れた理由について監督やコーチからの説明はなかった。
ホームでありながら3位という結果で終わった2月の東アジア選手権。最終戦で韓国に1―3で敗れたあと、「もしかしたら、次の試合では外されるかもしれない」と楢崎は言っていた。失点の原因がすべてGKにあるわけではないが、結果が起用に影響を及ぼす現実はプロなら誰もが覚悟することだ。楢崎自身も岡田ジャパンで先発を手にしたのは、'08年3月のバーレーン戦に敗れたあとだった。
それでも、東アジア選手権に続き、3月、4月、5月とスタメンに選ばれ、楢崎は監督からの信頼を感じていた。そして、W杯で日本のゴールを守るのは楢崎だと誰もが考えていた。
しかし、状況は変わった。
「前日練習で紅白戦とかやるなかで、(自分が外れることは)薄々感じてはいた」
6月6日の南アフリカ入り後、そう振り返り、「しょげてなんかないよ。サッカー人生最後の大きな大会やもん」と笑った。
ネガティブな思いは事前合宿地のスイスに置いてきた。外れた理由について、高地順化がうまくいっていないなど報道陣の間では様々な憶測が飛んだが、本人に監督やコーチからの説明はなかったという。