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<初マラソン特別寄稿> 角田光代 「それでもとにかく走るのだ」~直木賞作家の東京マラソン体験記~
text by
角田光代Mitsuyo Kakuta
photograph byAtsushi Kondo
posted2013/02/22 06:01
なぜ、ポジティブな言葉を書いたTシャツばかりなのか。
ランナーたちのTシャツの背面にも、さまざまなメッセージがある。いちばん多かったのは、「I'm running for」と印字されたTシャツで、その下のスペースに手書きでめいめい何か書きこんでいる。ある人は「愛と平和」、ある人は「家族、子どもたち」、ある人は子どもたちの名前、ある人は「ニュージーランド地震の被災者、がんばれ」、ある人は「○○市の介護問題」。
それから、自作Tシャツの人もいる。「一歩ずつ進めば、かならず道は開ける」とか「還暦走、これからも走り続けます!」とか「やったるで」とか「FUN RUN」とか、印刷されている。なんというか、すべて前向きな言葉である。考えてみるまでもなく当たり前のことで、「これが終わったら二度と走りません」とか「早く終えて帰ろう!」とか「今すぐ地下鉄に乗ってビールを飲みにいきたい」とか書いたTシャツをわざわざ作る人なんていないのだろうけれど、でも、みんな、えらいなあ。私のようにいやいや走っている人なんていないのだ。……と考えて、ふと、思う。違うかもしれない。みんな、いやでいやでたまらなくて、でもなぜか走っていて、東京マラソンにまで出場することになってしまって、それでやむなく、せめて前向きであるふりをしなければやっていられん、と思って、ポジティブな言葉を書いたTシャツを作ったのかもしれない。いや、きっとそうだ、そうに違いない。なんて考えつつ銀座を過ぎる。あと10kmだ。
未知のゾーン「あと10km」。そこで生まれた複雑な気持ち。
あと10km、と思うと、複雑な気持ちになる。もう32kmも走ったのか、という自分を賞賛したい気持ちと、それでもまだ、あと一時間以上も走らなければならないという落胆がない交ぜになった気分である。新富町を過ぎて、築地を抜けると、高速道路上を走る。私が走ったことがあるのは35kmまで。その先は、未知の世界だ。前の月にやはりはじめてフルを走った友人は、35kmを過ぎて急に脚が棒状になり、足の裏の感覚がなくなり、そこから先が必死だった、と語っていた。私もそうなるだろうかと、不安を覚えながら未知のゾーンに突入。
しかし、思いの外、平気である。脚はたしかに痛い。テーピングした外反母趾は、さすがにじんとしびれはじめている。足の付け根も重たく痛く、大股では走れない。けれど相変わらず上半身はさほど疲れておらず、呼吸も苦しくはない。なんかおなか空いたな、と思うが、歩道から有志の人が差し出してくれているチョコやパンやドライフルーツをもらうほどではない。
それにしても給食、給水だけでなく、ものすごい数の人がボランティアスタッフとして働いている。みんな親切で、ほがらかで、いやいや走っていても、彼らに接触するたび、気持ちが明るくなる。
未知のゾーンでペース確認。ぜんぜんかわらず、9.2~9.4をキープしている。車道の標識に「豊洲」の文字が見えてきて、それに励まされて走る。しかしこのあたりの景色は、本当に近未来みたいだ。並ぶ超高層ビルが蜃気楼みたいに見える。このあたりまでくると、疲れて歩き出すランナーがずいぶん多く、歩く人と人の隙間をぶつからないように走るのに神経を使う。さらに、私も歩いてしまおうか、という誘惑が横切りまくる。でも、ここまできて、こんなにしんどい思いしてここまできて、歩いてたまるか、というこの気持ちはなんなんだろう、負けん気か、それとも節約根性か。ともかく私はペースを極端に落とすことだけは自分に禁じた。