プレミアリーグの時間BACK NUMBER
今冬の移籍市場、最大のサプライズ。
ベッカムとPSG、双方の複雑な事情。
text by
山中忍Shinobu Yamanaka
photograph byWireImage
posted2013/02/12 10:30
1月31日にPSGとの契約を終えた後、背番号32のユニフォームを受け取ったベッカム。「僕はとても幸運だ。37歳で、多くのオファーをもらった」と様々な選択肢の中からパリを選んだことを明かした。
高額報酬を全額寄付してもビクトリア夫人は喜色満面!?
ベッカム側にも、PSGとの短期契約によるピッチ外での利点はある。フランスの最高所得税率は75%になると言われているが、今季終了後の6月末までの5カ月契約で、家族はロンドン在住となることから、ベッカムは同国税法上の居住者とはならない。つまり、スポンサー収入など「ブランド」としての巨大な副収入に対して、英国より25%も高い税をかけられずに済む可能性が高いのだ。
おまけにパリは、ファッション・デザイナーが本業となりつつある妻ビクトリアにとって、願ってもない“ファッション・キャピタル”ときている。ブランド『ビクトリア・ベッカム』の本格的なグローバル展開が予定される中、リーグ1の新たな「顔」となる夫は、パリ社交界への「扉」も同然。彼の人気度は、5億円台と推定されるPSGからの報酬全額を、パリ市内の児童基金に寄付する発表で更に高まった。夫人は、海外だがユーロスターで2時間15分程度の都市に夫を訪ねる度に、パリの要人たちとも時間を重ね、国際デザイナーとしての足場を固めることができるだろう。
出場機会にこだわるベッカムにとってもベストの選択。
しかしながら、今回の移籍を、母国メディアのように単なる「ブランド戦略」の一言で片付けてしまうのは酷だ。ギャラクシーを去る前に、「もう一花咲かせられる」と、現役へのこだわりを見せたベッカムは、あくまでもトップレベルでの試合出場に主眼を置いて移籍先を選んだはずだからだ。
プレミアリーグ復帰に関しては、「マンチェスター・ユナイテッド以外はあり得ない」と、古巣への忠誠を貫いてきたが、妻と子供たちと暮らせるイングランド復帰に、魅力を感じなかったはずはない。家族は、ロンドン郊外南西部に住居を構える予定で、長男ブルックリンは、チェルシー・アカデミーのトライアルに合格してもいる。噂の移籍先には、ウェストハムとQPRのロンドン勢も挙っていた。
だが、中位狙いのウェストハムと、降格候補のQPRでさえ常時出場が確約されない状況は、「マンU愛」に背くこと以上に堪え難かったのだろう。その点、PSGは、同じポジション争いを強いられる境遇でも、チームは1994年以来のリーグ優勝を狙える状態にある。そのリーグ1は、欧州主要リーグの1つでありながら、試合展開の速度とフィジカルの程度において、プレミアほどベテランMFにとって過酷ではない。
しかも、PSGは、世界最高峰と言われるCLでベスト8以上の可能性も残している。リーグでの優勝とCLの「原動力」とまではいかないだろが、戦力として貢献さえできれば、2009年と2010年に短期レンタル移籍したACミラン当時のように、絶賛はされなくても、「まだ通用する」との評価は得られるだろう。仮に、現役最後の5カ月間になったとしても、トップクラスを印象づけたままスパイクを脱ぐことができる。