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<“燃え尽き”を乗り越えて> マイケル・フェルプス 「水に戻ってきた8冠王者の最終章」
text by
及川彩子Ayako Oikawa
photograph byAFLO
posted2012/07/24 06:02
大麻吸引を隠し撮りされた、「人生で最悪の時期」。
フェルプスの名前が新聞の見出しに踊ったのは、北京五輪から6カ月後の2009年2月のこと。秋に友人に誘われて訪れたパーティで周囲に勧められ大麻を吸引。その姿が写真に撮られ、英国の新聞にスクープ掲載されたのだ。爽やかなスポーツマンのイメージは崩壊し、ダーティなイメージがついた。加えて行動規範から逸脱したという理由で、アメリカ水泳連盟から3カ月の出場停止という厳しい処分が下された。
自分を育ててくれたコーチ、どんな時も常にサポートしてくれる家族には、恥ずかしくて合わせる顔がなかった。「がっかりした」、そう言われるのが怖かった。
だが最も傷ついたのは、フェルプス自身だった。気の緩みから愚かな間違いを起こしたのは自分のせいと分かっていたけれど、同じ時間と空間を共有していた仲間に隠し撮りをされ、売られたという事実がフェルプスを苦しめた。近づいてくる人々は、自分のことをスーパースター『マイケル・フェルプス』としてしか見ていない。
23歳の若者は誰も信じられなくなり、殻に閉じこもってしまった。
「人生で最悪の時期だった」
軽い鬱のような状態で無気力な日々が続き、朝になってもソファの上でまどろみ、ビデオゲームをするだけの毎日。外出も極力控え、プールにさえ向かわない。
もう、すべてどうでもいい。
自分自身を見失ってしまった。
大会に出場すれば結果を出すが、泳ぐことが苦痛でしかなかった。
事件から6カ月後の2009年7月、フェルプスは再び世界の場に姿を現した。
イタリアで行なわれた世界選手権で6種目に出場し、5個の金メダルを獲得。100mと200mバタフライ、リレー2種目では自らの持つ世界記録を大きく上回る活躍だった。好成績に大麻吸引というスポーツマンにあるまじき行為に眉をひそめていたスポンサーは頬をゆるませ、メディアは「フェルプス復活」と騒ぎ立てた。
しかし周囲の様子とは裏腹に、フェルプスの表情は冴えない。2月の事件で失墜した名誉を取り戻すために、半ば義務感を感じて出場したまでのことだった。
翌2010年にはカリフォルニア州で行なわれたパンパシフィック水泳選手権でバタフライ2種目とリレー3種目で5冠を達成。健在ぶりをアピールしたものの、やはり水泳への情熱を取り戻したわけではなかった。
「楽しくない」
幼い頃に母親に勧められて始め、無我夢中で泳いできた16年。プールを「自宅にいるよりもリラックスできる場所」と表現するほどだったのに、泳ぐことはもはや苦痛でしかなかった。