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<“燃え尽き”を乗り越えて> マイケル・フェルプス 「水に戻ってきた8冠王者の最終章」
text by
及川彩子Ayako Oikawa
photograph byAFLO
posted2012/07/24 06:02
一度は“燃え尽きた”怪物が、ロンドンで最後の挑戦に臨む理由は何なのか?
Number806号(6月21日発売)で語った、4年間にわたる苦悩の日々――。
「ずっと目標にしてきたことを達成して、その後、どうしたらいいのか分からなくなっていた」
2008年北京五輪で前人未到の8冠を成し遂げた水の怪物マイケル・フェルプス。だが、彼は快挙達成後の2年半、出口のない暗いトンネルをさまよっていた。
2004年アテネ五輪の際も大会前に7冠を宣言したが、200m自由形でイアン・ソープに敗れ6冠に終わった。北京でそのリベンジを果たそうと、4年間、過酷な練習に耐えてきた。毎朝6時過ぎにはプールに向かい、多い日は1日8時間近く水の中で過ごした。すべての時間が水泳のために費やされた。
北京五輪では予選も含め9日間で17レースを消化。1日に決勝レースを2本泳ぐという超人的なスケジュールもあったが、持ち前のスタミナと強靭な肉体、そして強い精神力で乗り切った。
「すべてがパーフェクトだった」
満面の笑顔で北京を離れることができた。
極限まで追いつめた北京五輪後に待ち受けた“バーンアウト”。
しかし、心身を極限まで追いつめた反動は大きく、帰国後のフェルプスは抜け殻のような状態に陥った。
数週間の休暇の後、再び水に戻ったが、何かが違う。これまでと同じようにキック、ストロークを繰り出しているのに違和感だけが残る。しばらくは疲労が残っているのだろうと考えていた。だが、徐々にプールに行くのも億劫になった。北京で8つの金メダルを獲得したことで、水泳への情熱が泡のように弾けて消えてしまったようだった。
「おかしな感じだった」
前に進みたい、進まなければと思いつつも、心にも体にも力が入らない。「バーンアウト(燃え尽き)」という表現を使うことを、フェルプスは避けるが、五輪後の無気力な状態は、一般的に言われている燃え尽き症候群そのものだった。