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<最速キングの苦悩に迫る> ウサイン・ボルト 「レジェンドは悪夢の先に」 

text by

及川彩子

及川彩子Ayako Oikawa

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photograph byDPPI/PHOTO KISHIMOTO

posted2012/07/03 06:01

<最速キングの苦悩に迫る> ウサイン・ボルト 「レジェンドは悪夢の先に」<Number Web> photograph by DPPI/PHOTO KISHIMOTO

持ち前のバネのある走りがもたらした代償とは。

 世界新記録を連発した'08年北京五輪、そして翌'09年ベルリン世界選手権は、まさにボルトのひとり舞台だった。

 派手なパフォーマンスとともに登場し、驚愕の記録で勝利を収め、観客を熱狂の渦に巻き込む。それがボルトが出場するレースでの公式のようになっていた。

 しかし好記録連発の代償は少なくなかった。

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 ボルトの走りの特徴は、長身を生かした伸びやかかつ力強いストライド。瞬間最速スピードで走っているとき、ストライドは約270~280cmを記録する。世界トップクラスでも平均250cmだ。

 しかし持ち前のバネのある走りは体に大きな負担がかかる。短距離選手は接地の度に体重の4~5倍の衝撃を受けるというから、94kgのボルトには一歩ごとに400kg以上の負荷がかかることになる。

 2010年、シーズン序盤の5月に左膝とアキレス腱痛を発症。8月からは腰痛にも悩まされ、万全ではない状態で臨んだストックホルムのレースで、ライバルのタイソン・ゲイ(米国)に敗れるという屈辱も味わった。

「調子が悪かったから仕方ない。でも本当に速いのはオレだ」と悔しさを爆発させ、腰痛を理由にその後の全試合をキャンセルした。

「ゲイに負けるのが嫌だから、逃げたのか」

 そういった批判を受けるのもスター選手の宿命だが、心中は穏やかではなかっただろう。

ボルトが出場する試合のチケットはすぐに売り切れるという現象も。

 この年の記録は100m9秒82、200mも19秒56と自己ベストには遠く及ばなかった。

「2011年はチャンピオンシップ・イヤー。とても重要な年なんだ」

 世界記録保持者のプライドをかけて臨んだシーズンだったが、アキレス腱痛と腰痛の影響で冬季練習の開始が遅れ、シーズンインも5月下旬にずれこんだ。

 歯車が狂い始めていることに、ボルト自身は気づいていた。

「ベストな体調とは程遠い」

「記録を狙えるような状態にはない」

 夏の欧州遠征の試合では、いつもの強気なコメントは影をひそめた。

 2010年から国際陸連は、世界11カ国で14戦のレースを開催するダイヤモンド・リーグを新設した。世界的不況にもかかわらず多くのスポンサーを集めることに成功したが、その背景には、陸上界だけではなくスポーツ界全体を見渡しても圧倒的な、ウサイン・ボルトというスターの存在感があるのは間違いない。

 ボルトが出場する試合のチケットはすぐに売り切れるという現象も起きている。そのためボルトの出場料は破格で、今年のストックホルムの試合では310万ドル(約2500万円)まで跳ね上がった。

【次ページ】 テグ世界選手権、異例の競技日程が組まれた理由とは。

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