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<最速キングの苦悩に迫る> ウサイン・ボルト 「レジェンドは悪夢の先に」
text by
及川彩子Ayako Oikawa
photograph byDPPI/PHOTO KISHIMOTO
posted2012/07/03 06:01
発表してきた特別連載「LONDON CALLING~ロンドンが呼んでいる~」。
五輪開幕まで1カ月を切ってカウントダウンが始まったこの時期に、
いよいよNumber Webで一挙公開していくことになりました!
2011年秋のテグ世界陸上で、悪夢のようなフライング失格を喫した“超人”。
その知られざる過酷な道のりを追った、Number791号(2011年11月10日発売)掲載のドキュメントをお届けします。
「ロンドン五輪では自分らしくありたい。そして楽しみたい」
テグ世界選手権、200mで連覇を果たしたウサイン・ボルトは安堵の表情で呟いた。
それは超人ボルトではなく、ごく普通の25歳の青年の表情だった。
主役がフライングをしたのは、誰の目にも明らかだった。
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いったい誰が予想しただろう。世界選手権、男子100m決勝。世界最速を決める舞台で、ボルトがフライングで失格になることを。
圧倒的なリードでゴールし、いつものようにサンダーボルト・ポーズを見せてくれる。あわよくば世界記録の更新も。世界中の人がそう考え、そして期待していた。
しかし神様はボルトに微笑まなかった。
8月28日、午後8時30分。8人のファイナリストたちが姿を現すと、スタジアムは熱狂の渦に包まれた。8人がブロックにつき、「セット」の声にあわせて腰が上がる。
その直後、レーンの真ん中から飛び出してしまった選手がいた。「ポンッ」と。
今大会の主役がフライングをしたのは、誰の目にも明らかだった。
そのあまりの衝撃に会場はどよめいた。
ボルトはフライングした瞬間、「しまった」という顔をしながら両手を胸にあわせ、ユニフォームを脱いで投げ捨てる。
スクリーンに映し出されるリプレイを見ながら、「ああ、やっぱりオレだ」というような表情でレーンを歩いていたが、くるりと踵を返すと、大きく天を仰いだ。
「クレイジー」――自らに叫んで姿を消したボルト。
カメラマン、そして観客がボルトに容赦なくフラッシュを浴びせる。鍛えられた漆黒の肉体がスタジアムで悲しく浮き上がっていた。
ほかの選手が淡々とレーンに戻るなか、ボルトに係員から失格を示す赤いカードが出されると、スタジアムは再び大きなどよめきに包まれた。テレビでその惨劇を見た世界中の人々の溜息も聞こえてくるようだった。
悔しさをこらえることはできず、トラック横の青い壁をこぶしで叩いた。
「クレイジー」
自らに叫んで姿を消した。
ボルト不在のまま再開したレースでは、母国ジャマイカの後輩で練習パートナーの21歳、ヨハン・ブレイクが勝った。2位以下に大差を付けての圧勝だったが、タイムは9秒92という平凡なものだった。