F1ピットストップBACK NUMBER
ハミルトン、アロンソ、可夢偉――。
トンネルを抜け出した3人の男たち。
text by
尾張正博Masahiro Owari
photograph byHiroshi Kaneko
posted2011/11/17 10:30
「このレースではひとつもミスをしなかった。僕の周りで能力に対する疑念が渦巻いているけど、良いパフォーマンスと勝利を見せることができて誇りに思っている」と久しぶりの勝利について語ったハミルトン(右)。「結果には満足している。過去10年間でF1カレンダーに載ったサーキットのすべての表彰台に上がれたからね」と2位でも喜んだアロンソ
ハミルトンに送られた宿敵アロンソからのエール。
直後の第18戦アブダビGP。ハミルトンはある人をアブダビに呼んだ。それは母親である。毎晩、サーキットを後にするハミルトンの隣には母親の姿があった。母親と会話しながらパドックを歩くハミルトン。久しぶりにハミルトンの顔に笑みが戻っていた。
そんなハミルトンにもうひとつ思いも寄らないメッセージがイギリスBBCの放送を通して入ってきた。'07年にマクラーレンのナンバーワンの座を巡って骨肉の争いを演じた、かつての宿敵、フェルナンド・アロンソである。
「ハミルトンは最高のマシンでなくとも、チャンピオンになれる才能を持ったドライバーの一人」だと。
そのハミルトンと今年7月のドイツGPで優勝争いを演じたのが、アロンソだった。じつは、そのアロンソも複雑な思いでアブダビを訪れていた。それは、1年前、チャンピオンシップリーダーで乗り込みながら、チームの作戦ミスでタイトルを失ったのが、ここアブダビだったからだ。
「F1も人生と同じ」とアロンソは過去の記憶を払拭する。
「でも、アブダビに来るとき、そういう嫌な記憶というのは何も蘇らなかった。信じてもらえないかもしれないけど、韓国やインドへ行くより、ずっと快適な気分でサーキットに入ったよ。F1も人生と同じで、振り返ってもいいことはない。常に前を向いて進んだ方がいい」
アロンソにとってアブダビはタイトルを逃した地というだけでなく、19戦あるF1グランプリの中で唯一表彰台に上がっていない場所でもあった。
そして、日曜日のレースではハミルトンとアロンソが優勝を目指した戦いを演じた。ベッテルが1コーナーでパンクに見舞われてトップに立ったハミルトン。1周目にジェンソン・バトンをオーバーテイクして、ハミルトンを追うアロンソ。2人の戦いにはオーバーテイクもサイド・バイ・サイドの争いもなかったが、常に5秒以内で繰り広げられた2ストップ作戦の戦いは、手に汗握る接戦の末にハミルトンが制した。
「世界一のドライバーの一人と戦うのがこんなにも厳しいとは思わなかった」とハミルトンが語れば、アロンソも「すべてのラップを予選アタックのように走ったけど、今日の彼には勝てなかった」と勝者を讃えた。第10戦ドイツGP以来の優勝を飾ったハミルトンと、1年前の雪辱を果たしてこれまで一度も手にしたことがなかったアブダビGPのトロフィを表彰台で獲得したアロンソ。長いトンネルを抜けた2人は、ともに笑顔で表彰台でシャンパンファイトを演じた。