スポーツ・インサイドアウトBACK NUMBER
オアーとテイラーの皮肉な関係。
~映画『しあわせの隠れ場所』と
NFLの伝説的スーパースター~
text by
芝山幹郎Mikio Shibayama
photograph by(c) 2009 ALCON FILM FUND, LLC ALL RIGHTS RESERVED
posted2010/02/07 08:00
『しあわせの隠れ場所』は2月27日(土)より新宿ピカデリーほか全国ロードショー
マイケル・オアーの半生が映画になった。ご承知のとおり、オアーはNFLボルティモア・レイヴンズのOT(オフェンシヴ・タックル)である。最近はあまりNFLの試合を見なくなった私でも、彼が2009年ドラフトの1巡目指名を受けてレイヴンズに入団したことは知っていた。が、メンフィスで少年時代を過ごした彼が、こんなに苦労していたとは知らなかった。
『しあわせの隠れ場所』と題された映画(原題は『ザ・ブラインド・サイド』と簡潔だ)は、リー・アン・テューイ(サンドラ・ブロック)という裕福で奇特な白人女性の助力を得てフットボール選手への道を歩んだオアー(クイントン・アーロン)の姿を、わかりやすく描いている。
「わかりやすく」とは、作為的でも感傷的でもなく、淡々とした描写のなかにハートのありかを示そうとする製作態度を指す。具体的なタッチを知りたければ、どうぞ映画を見ていただきたい。陰翳豊かとはいいがたいかもしれないが、お涙頂戴の姿勢や偽善的な「いいくるめ」は感じられない。この作品でゴールデン・グローブ主演女優賞を獲得したブロックも、タフで気っ風のよい南部の肝っ玉母さんに扮して新境地を開いている。
伝説的LBローレンス・テイラーがオア-に落とした皮肉な影。
それよりも私の興味を惹いたのは、かつてのスーパースターだったローレンス・テイラー(ニューヨーク・ジャイアンツ)の存在が、オアーの活躍に皮肉な影を落としていたという事実だ。テイラーは、1980年代から90年代初頭にかけて大暴れした伝説的なLB(ラインバッカー)。大きくて速く、勝負どころを見きわめる勘の鋭さが抜群だった。あの時代にはモンタナやマリーノ、エルウェイやカニングハムといった興味深いQBが続々と出現したが、守備の選手として眼を奪ったのは断然テイラーだった。85年11月、レッドスキンズのQBジョー・サイズマンを猛烈にサックして彼を再起不能に陥れたプレーの凄まじさは、いまも記憶に新しい。
その映像は、『しあわせの隠れ場所』の冒頭でも紹介される。テイラーのプレーはフットボールの概念を変えた。あの事故が直接の引き金となって、各チームはOTに敏捷な大型選手をそろえるようになった。彼らにQBを保護させなければ、テイラーにブラインド・サイドからブリッツをかけられるケースが頻出してしまうからだ。