ベースボール・ダンディBACK NUMBER
交流戦に見た、原采配の裏表。
~名将の弱点はDH制にあり?~
text by
田端到Itaru Tabata
photograph byHideki Sugiyama
posted2009/06/22 13:30
ここに宝箱がふたつあります。
ひとつめの箱には「緻密な統計に裏付けられた野球理論」が入っています。もうひとつの箱には「人の心を動かす力」が入っています。あなたはどちらが欲しいですか。
楽天の野村克也監督なら、理論の宝箱を選ぶのだろうか。それとも「わしはそんなもん持ってるから、もういらん」と言うのか。一方、巨人の原辰徳監督なら、迷わず、人の心を動かす宝箱を選ぶだろう。指揮官にとって、それがいかに大切かをよく知っているからだ。
“人の心に火をつける采配”はもっと評価されるべき。
6月16日の西武-巨人戦、試合後のヒーローインタビューに立ったのは、石井一久から逆転の3ランを打った木村拓也だった。
同じく翌6月17日の西武-巨人戦、ヒーローインタビューに立ったのは、涌井秀章から決勝のホームランを打った途中出場の古城茂幸だった。
木村拓也も、古城も、他球団で居場所がなくなり、2006年に巨人に移ってきた選手である。あまり趣味の良くない金持ちマダムの靴箱のように、巨人のベンチには超高給取りのスター選手がひしめき合っている。伸び盛りの若手も多数いる。そんな中で、脇役のベテラン選手が、連日お立ち台に上がるなどという光景は、以前の巨人では考えられなかった。
そして木村拓也も古城もお立ち台で、「必死です」と同じ言葉を口にした。若手にも、移籍組の脇役にも、平等にチャンスを与えて競争させ、力を引き出す。原監督の“人の心に火をつける采配”は、もっと正当に評価されるべきだ。
思えば、巨人の監督という職業ほど、まともな評価を受けにくいポジションはない。
必要以上に豊富な戦力を誇るため、優勝すれば「当たり前」で片付けられる。優勝できなければ「あの戦力で負けるのは監督のせい」と、責任を背負わされる。
特に原監督の場合、ふだんから整然と理論や名言を語るタイプではないだけに、原采配を批判することが、通っぽい野球ファンの立ち位置であるかのような風潮さえある。
代打を早めに送り出す強気な戦術。
しかし、たとえば代打起用ひとつとっても、原采配には唸らされることが多い。代打の切り札を送るタイミングが早くなってきているのだ。
例を挙げれば、右の切り札・大道典嘉が登場するのは、このところ5回か6回が中心である。雨天コールドの可能性も考えられた6月16日の試合では、4回に代打・大道が告げられた。この代打策は成功はしなかったが、早めの仕掛けが呼び水となったかのように、巨人はこの回、集中打を浴びせて一気に逆転。勝利を手にした。
今の野球はどのチームもリリーフ投手が整備されているため、6回終了時点でリードしていることがチームの勝利に直結する。だから、8回や9回まで代打の切り札をとっておくくらいなら、5回か6回に使ったほうがいい。それを実践しているのが原巨人だ。
もちろん、代打を早めに送れるのは選手層が厚いという理由も大きいだろうし、今年の大道は切り札じゃないぞという冷静なツッコミもあるだろう。それでも、勝負どころを見極める原監督の読みや、ここが山場と見ればイニングにとらわれず強気に動いていく決断力が、これらの代打起用に象徴的に表れている気がしてならない。