セリエA コンフィデンシャルBACK NUMBER
去るタイミング。
~“バンディエラ”マルディーニの
寂しき引退~
text by
酒巻陽子Yoko Sakamaki
photograph byGetty Images
posted2009/05/29 06:01
25年間に渡り、各指揮官の期待通りに「仕事」をしてきた男が、今、ミランという重圧から解放されようとしている。パオロ・マルディーニ。ACミランにサッカー人生を捧げ通算26のタイトルを勝ち取った彼が、今季限りで現役を退く。1985年1月20日、ウディネーゼ戦でセリエAデビューして以来、守りの重鎮として相手選手に真っ向勝負を挑み、恵まれた身体能力と冷静な判断という武器でFWという怪物たちと対等に渡り合ってきた。出場した公式戦901試合という数字がミラン屈強の門兵としての永続性を示している。
デビュー当時、温和な性格とは似つかない激しいスライディング、強烈なタックルでボールをむしり取る動きは泥臭いとされた。ところが、センターバックとしてのポジションが定着すると、敵のアタッカーのマーカー役だけに留まらず、ボールタッチの回数を増やすことを心がけ高い確率で得点チャンスにつなげてゆく独自のスタイルを確立させた。随所で見せる気迫のこもったプレーにマンUのファーガソン監督も脱帽した。
引退直前のホーム最終戦で、3失点の悪夢を招いてしまう。
ディフェンシブな傾向の強いセリエAにあって、相手の守りを崩そうとするFWたちの破壊力が目を引き、それが過剰評価される傾向にあるため、マルディーニのような守備のスペシャリストに対して大きな感嘆の念を持たない人もいるかもしれない。しかし、鋭い戦術眼を生かした守りがあるからこそFWたちがなんとか相手守備陣の裏を狙おうとヒートアップする。イレブンに「共闘」を呼びかけるマルディーニの戦いぶりを見ていると、サッカーの凄みはディフェンスにあると思わされる。
マルディーニにとってホーム最終戦となった5月24日のローマ戦。ミランにとっては勝機が十分にあるゲームのはずだった。相手はアウェイでは1月25日以来勝利と縁がないだけに、アグレッシブに戦えるという自信もあった。だが、それは期待外れに終わった。前節のウディネーゼ戦での負けの精神的ダメージに加え、30度を超える猛暑がイレブンの体力を奪うアクシデントも重なり、試合が終わってみればローマに3失点と悪夢のような敗戦を喫した。ミランのリーダーとして、守備の名手としての面目を施せないと評価したサポーターはマルディーニへ非難の声を浴びせた。
「フランコ・バレージ(元ミランの名ディフェンダー)の方がいい選手」。
「キャプテンはバレージのみ」。
試合終了間際でローマに勝利を奪われたショック以上にマルディーニを疲弊させたのは、もはやサポーターからの信頼を失ったという傷心だった。
らしくない言葉を吐き、サポーターとの信頼関係は失われた。
「あんなやつらの1人でなくてよかった」。
サポーターによる聞き捨てならない発言にカッとしたマルディーニはサポーターを糾弾する強気な態度に出た。ピッチを後にしたマルディーニがらしくない言葉を吐き捨てる。サポーターとの信頼関係は1度壊れたら修復は難しいことを人一倍知りながら、去り行く主将にとってそれを修正する時間がないこと、ましては必要としないことを示唆しているようだった。
ミランを愛し、サッカーが好きだからこそ年齢を気にせずプレーすることに拘ってきたマルディーニだが、勝たなければならない一戦で勝利を逃したことが、輝かしいキャリアに暗い影を落とすことになるとは本人も想像しなかったと思われる。名門クラブの主将としてとてつもないプレッシャーの下でも、常にベストを尽くしてきたセリエA随一の名ディフェンダーの汚点は、ユニフォームを脱ぐタイミングを示していたのかもしれない。