野ボール横丁BACK NUMBER
“天才”草野が誕生するまで。
社会人野球時代の豪打。
text by
中村計Kei Nakamura
photograph byTomoki Momozono
posted2009/06/15 12:55
驚きというよりは再確認だった。やはりすごかったんだな、と。現在のパ・リーグのリーディングヒッター、楽天の草野大輔のことである。
その感情には、2つの「根っこ」がある。
すでに社会人野球のころから不思議な雰囲気の男だった。
不思議なほどボールがよく飛んだ。
身長170cm。実際に見ると、それよりも小さく見える。それでいて、どんなに大きな選手よりも飛距離が出るのだ。
2004年の都市対抗でのことだ。草野はJR九州の補強選手として出場し、3番を任されていた。そして、2回戦の鷺宮製作所との試合、第2、第3打席と、連続ホームランを記録した。すごい打球というのではない。軽くすくい上げると、緩やかな放物線を描き、そのままスタンドに到達してしまう。そんな印象だった。
試合後、ベンチ裏の通路で、飛距離を出すコツのようなものをしつこく聞いてみた。
草野は「反動で打つんですよ……」と独特な言い回しをしながら、ミートの瞬間、体を後ろへ引くような仕草をした。実際には、そんな打ち方にはなっていないので、感覚的なものだったのだろう。
その動きがどのようなメカニズムで飛距離につながっているのかは理解できなかった。だが、草野が凡人では体得しえない独特の感覚を持っていることだけはわかった。
去年のことだ。日本石油の池辺啓二が言っていた。「元智弁和歌山の池辺」と言った方が馴染みが深いかもしれない。2000年夏の甲子園、智弁和歌山が大会記録となるチーム通算100安打をマークし優勝したときの4番打者である。
「1人だけ、ぜんぜん違いましたもん」
池辺は社会人時代の草野と、日本代表チームで何度か一緒にプレーをしたことがあった。プロ入りを熱望していた当時26歳の池辺に、草野の例があるのだから年齢的にまだチャンスはあるのではないか、というような話をしたら、そうあっさり返してきたのだ。草野は2005年秋、29歳のときにドラフトで指名を受けていた。
このまま首位打者になってもなんらおかしくない実力。
池辺の言葉を聞きながら、野球エリートの池辺が実に簡単に他の打者の力を認めてしまうことに驚きながらも、同時に、社会人球界の中では草野の力量がそれほど突出していたのだということを実感したものだ。
プロ入り4年目の草野の現在の活躍は、フロックでもなければ、突然開花したわけでもないと思う。ようやくプロの水に慣れ、本来持っていた力を出せるようになってきただけのことなのだ。
ましてや百戦錬磨の監督、野村克也をして「天才」と言わしめるほどの打者なのだから、このまま草野が首位打者を獲得しても、驚かない心の準備はしておいた方がいい。