詳説日本野球研究BACK NUMBER

与死球の多さからみる、
小林繁の「負けじ魂」。 

text by

小関順二

小関順二Junji Koseki

PROFILE

photograph bySPORTS NIPPON

posted2010/01/28 10:30

与死球の多さからみる、小林繁の「負けじ魂」。<Number Web> photograph by SPORTS NIPPON

1979年、阪神移籍1年目に巨人戦で投げる小林。この年は22勝を挙げ、最多勝利投手、沢村賞に輝いた。通算139勝95敗17セーブ

高校生に披露していた独自の野球理論とは?

 '96(平成8)年1月13~15日の3日間、プロ野球OBが初めて、現役の高校生を指導するという画期的な「プロ・アマ講習会」が阪神二軍球場の鳴尾浜タイガーデンで行われた。そこに講師として参加していた小林は、車座になって取り囲む高校野球の指導者たちに「僕は非力だったので、インステップして強いボールを投げようとしていました。インステップはできればやらないほうがいいんですがね」と笑いながら話していた。自分の弱いところをさりげなく見せた上で、「少しくらい無理をしなければ、人よりうまい選手にはなれない」と言っているようで強く印象に残っている。

 また、野球界を覆っている「軸回転」という考え方については、「円で投げるのではなく楕円で投げてください」と言っていた。「軸回転」と言えば、野球知識のない高校生は小さく円を描くように打って、投げるものだと思ってしまう。たった3文字で投球・打撃の極意を表そうとするのがそもそも無茶な話で、小林はそのへんの悪い風潮をきちんと理解して、「楕円」と言い直したのである。

 日本ハムでは二軍コーチとして、悩める大器・江尻慎太郎、糸数敬作の2人をサイドスローに作り変えて、一軍の戦力にしている。チーム内には依然として宮本賢、須永英輝、吉川光夫、木下達生、植村祐介など悩める大器がいるだけに、チームにとって小林の急逝は大きな痛手になるだろう。

関連記事

BACK 1 2

プロ野球の前後の記事

ページトップ