プロ野球亭日乗BACK NUMBER
菊池雄星の大学進学への疑問。
~思い起こされる落合の言葉~
text by
鷲田康Yasushi Washida
photograph byKYODO
posted2010/01/29 10:30
新人合同自主トレで、松下建太(右)とダッシュを競い合う菊池雄星。キャンプも1軍スタートが決まった
1993年12月のことだった。
その年、フリーエージェントで巨人移籍が決まった落合博満内野手(現中日監督)と入団2年目を迎えようとしていた松井秀喜外野手(現ロサンゼルス・エンゼルス)の対談に立ち会ったことがある。
球界の大先輩との対談というのに、約束の時間になっても松井が現れずに遅刻。そんなハプニングもありハラハラしたことばかりが記憶に残っているのだが、その中で落合が最後に話した言葉を今でも鮮明に覚えている。
「女遊びをしてもいいし、酒を飲んでもいい。でも、まずすべてに優先して野球を考えろ! まず野球、それだけだな……そうすれば他のことをやる暇はなくなる」
遅刻したことを怒るでもなく、飄々と対談をこなした最後に残した言葉には、落合らしい迫力が込められていた。そしてその落合の言葉があったからかどうかは別として、その後、数年間の松井は野球をまず第1に考え、死に物狂いでバットを振り続けた。
通信課程とはいえ大学に進学する余裕が今の雄星にあるのか?
「本当にそんな余裕があるんでしょうかねえ……」
知り合いのスポーツ紙記者がいぶかっていた。
西武・菊池雄星投手(登録名・雄星)の“大学進学”問題だった。
プロ1年目のキャンプを目前にして菊池が、東北福祉大の総合福祉学部通信教育部に入学願書を提出しているそうだ。書類選考に合格すれば、4月からはプロ野球選手で大学生という二足のわらじをはくことになる。
もともと読書が趣味という雄星にとり、今回の大学進学は引退後に「教師になりたい」という夢へのスタートだという。
同学部はリポートの提出を中心に、単位を取得。カリキュラムには老人福祉施設などへの2週間の実習も含まれ、最終的には10年以内に124単位を取得すれば卒業して教員免許も取得できる。
もちろん雄星が夢に向かって踏み出すことにケチをつけるつもりはない。むしろ野球だけではなく、自分の将来をしっかりと見つめて、そこに向かって努力をしようという姿には、共感するところも多い。
だが、それが今なのかと考えたときに、フッと思い出したのが落合の言葉だった。
プロの世界は、いうまでもなく厳しい。
たとえ“10年に一人”といわれる天才左腕であろうと、これからは乗り越えなければならない壁がいくつもある。
今はまだ、そのことだけ、野球のことだけに専念して、まず選手として一人前になってからでも、第二の人生への準備は十分ではないのだろうか。