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千葉ロッテマリーンズ 成瀬善久 負けない男の敗戦。
text by
永谷脩Osamu Nagatani
posted2007/11/01 00:00
ベンチの左隅で、成瀬善久は日本ハムナインを睨むように眺めていた。MVPのダルビッシュ有が、インタビューに答えて言う。
「ファンの皆さんのおかげで、成瀬さんを打ち崩せたと思います」
成瀬は唇を噛みしめて静かにうつむいた。後ろにいた西岡剛が声をかけてきた。
「オレ達が先に取ってやれなかったのが悪かった。お前はしっかり頑張ったよ」
第1ステージ、ソフトバンクと1勝1敗で迎えた第3戦、成瀬はスタンドリッジとの投げ合いを完封で制した。その時に、西岡は、「今度はオレが目立つ。早い回から楽にするから」と約束したのだった。
バレンタイン監督が第1ステージ第3戦で成瀬を起用したのは、「中6日で万全の状態で投げたほうがいい。状態さえよければ、絶対に勝ち星が計算できるから」という理由からだった。第2ステージでも、最後までいけば成瀬で勝てると、バレンタインは絶大な信頼を寄せていた。
「成瀬は今年、パ・リーグのチームに負けたことのないすごい投手なんだ。当然だろ」
今季、ダルビッシュとの投げ合いは1度だけだったが、その試合は投げ勝っている。しかも日ハム相手には4戦4勝と圧倒していた。
成瀬の強さの秘密は、その精神力にある。
横浜高時代、3年春の甲子園決勝で涌井秀章(現・西武)に代わってリリーフ登板、敗戦を喫したのがきっかけで、成瀬は土壇場に強くなる精神力をつけるため精神統一の修行を始めた。そうした経験を経て、今では、「ギリギリの精神状態の中で楽しめるようになった」というのだ。
しかし、日本シリーズ出場がかかる大一番でのダルビッシュとの対決に、さすがの成瀬にも「1点も先に与えてはならない」というプレッシャーがかかっていた。
「あいつの良さは、のらりくらりして、掴みどころがないところだけど、今日は変に気合いが入りすぎているんじゃないかな」
ブルペンでの成瀬の様子を見て、袴田英利バッテリーコーチは心配していた。そして、その不安は的中した。
「自分の持ち味は、ゆったり構えて、キレのある腕の振りで初速と終速のスピードの差のないストレートを投げることなんですが、今日は腕の振りもゆったりとなってしまった」
3回、セギノールに2-3から打たれた3ランを、成瀬はこう言って残念がった。シーズン中には打たれたことのない低めのチェンジアップをバックスクリーンに持っていかれたことによる動揺が、次の回にも尾を引いた。先頭の工藤隆人に死球を与え、鶴岡慎也に中越え二塁打を打たれて追加点を許した。負けないエースが、久々に味わう屈辱だった。
「自分の中での切り換えがどうしてもできなかった。緊張していたわけではないんです。1点もやれない状況で、“しまった”という気持ちになってしまったのかもしれない」
第1ステージでは緊張の中でできたパフォーマンスが、第2ステージではなぜできなかったのか。成瀬は宿舎に戻るバスの中で何度も何度も考えた。
そして得た結論は、「どんな時にも柔らかく手首を使わなければいけない」ということだったという。
「自分はいつも最初に失敗することから始まりますから。これを来年に生かしたい」
セレモニーが終わった後、ロッテナインに日ハムナインが走り寄った。全力を出し切った男同士だからこそ、わかり合うことができる。そこには勝者も敗者もなかった。ダルビッシュは成瀬に声をかけた。
「ホントにしんどかったですよ」
成瀬はこう返した。
「体に気をつけて、日本シリーズ頑張れよ。北京五輪で会おう」
ダルビッシュは大きくうなずいたという。