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阿部慎之助 “無”への一歩は胴上げから。 

text by

鷲田康

鷲田康Yasushi Washida

PROFILE

posted2007/08/23 00:00

 それがある種の開き直りというか、打席での思い切りだった。

 「色々なことを考えて迷いだすとダメなんです。自分の思ったことを信じて、思い切り良くバットを振り切ることの大切さが重要だった。その自分の思いを信じる、ヒラメキを信じてバットを思い切りよく振りぬくことで、結果はついてくる。結果を気にして振るのではなく、自分を信じて、結果を考えずに思い切りバットを振れる。それが'04年の序盤のホームラン連発にもつながったと思います」

 '03年は故障で出場試合数が94試合と激減したが、翌年は開幕直後からすさまじい勢いでホームランを量産していった。

 4月の月間本塁打は16本を数え、5月12日にはわずか33試合目で20本塁打と驚異的なハイペースでアーチを量産した。

 「あのとき、本当に“無”というのはこういうものか、というのが分かった気がします」

 こう阿部が振り返ったのは、月間16本塁打を放った中でも特別な1週間となった4月9日から16日のことだった。この1週間で阿部は日本記録にあと1試合と迫る6試合連続本塁打をマーク。まさにバットを振ればホームランというような“ゾーン”を経験しているのだ。

 「広島市民球場で黒田さんから6本目を打ったんですけど、自分の感覚としては本当に当てただけのような感覚だったのに、それがスタンドに飛び込んじゃったんです。いくら狭い広島市民球場といってもそんな感覚で振ったボールがスタンドに飛び込むというのは初めての経験だったですから……。ちょっと自分でもビックリしましたね。それでそのときって本当に何も考えてなかったんですよ。ただ、すっときたボールにバットを当てただけ。余計なことは何も考えていないし、きっと余計な力もまったく入っていなかったんだと思います。それでもボールはあれだけ飛んでいく。これが“無”ということなんだなあって、それが自分でもそういう感覚を意識するきっかけになったことでした」

 ある意味、それまでは特別にチャンスに強いという方ではなかった。もちろんチャンスに結果を残すこともあれば、下を向いてベンチに帰ってくることもあった。自分で神の出現をコントロールするなどということはまったくできなかった。だが、この瞬間から阿部は神との関係に一歩、踏み込んだ態度を取れるようになったわけだ。

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阿部慎之助
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