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「彼らこそが理想の監督じゃないか」仰木彬と星野仙一、2人に仕えた“部下”の徹底比較で見えたもの《証言者:権藤博/山田久志/佐藤義則/佐野慈紀》

2024/09/12
仰木彬と星野仙一。「怖い」イメージがある2人を徹底解剖
かたや闘将、かたやマジシャン――。鉄拳と演技、データと勝負勘を駆使してリーグ優勝と日本一を掴んだ両者。コンプライアンス無用の時代に辣腕をふるった“上司”たちの手練手管の全てを4人の“部下”たちの証言で解き明かす。(原題:[両雄徹底比較]権藤博/山田久志/佐藤義則/佐野慈紀「2人に仕えて分かったこと」)

 星野仙一と仰木彬――。

 現役時代には「燃える男」と称され、監督就任後には「闘将」と呼ばれた星野は、1987(昭和62)年から'91(平成3)年、'96~2001年に古巣の中日ドラゴンズで監督を務め、その後、'02~'03年は阪神タイガース、'11~'14年は東北楽天ゴールデンイーグルスを率いた。監督通算17年間でリーグ優勝4回、'13年にはイーグルスを球団創設初となる日本一に導いている。

 一方、「仰木マジック」と呼ばれる奇襲、奇策で名を馳せた仰木は、1988年から'92年までは近鉄バファローズを率い、'94年から2001年まではオリックス・ブルーウェーブ、そして球界再編騒動直後の'05年には新生オリックス・バファローズの監督を務めた。監督としての通算14年間でリーグ優勝は3回、そのうち1996年には「がんばろうKOBE」を旗印に、売り出し中のイチローを中心に日本一となった。

 両監督とも、残した成績以上に、独自の人心掌握術でチームをまとめ、優勝に導いたことで高い評価を受けている。その一方で、星野は選手統率のためには鉄拳制裁も辞さない指導が有名で、仰木は「グラウンドと私生活は別だ」と豪語し、酒を愛し、多くの浮名を流したことでも知られている。

 いずれも、現代の観点から見れば「コンプライアンス的に問題がある」と指摘されても仕方がないかもしれない。それでも、両者は死後もなお、多くの人に愛され、今でも「名監督だった」と称賛されている。

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photograph by Takahiro Kohara / Kazuhito Yamada

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