記事を
ブックマークする
「むちゃくちゃな采配ですよ」星野仙一と仰木彬、質の違う“怖さ”の正体とは?「あの暴れ方はすごかった」「不気味で…」《教え子・中村武志らが語る》
得体の知れない怖さと、わかりやすい怖さ――。
仰木彬のもとでコーチを務め、現在はソフトバンクの二軍で指揮を執る松山秀明が振り返る。
「仰木さんは滅多に怒らないですよ。その代わり、笑いながら(スタメンから)外して、笑いながらクビにする。1年目だろうが、20年目のベテランだろうが、結果を出した人間を使う。結果至上主義者です」
文句を言ったら使ってもらえないという不気味さがあった。
近鉄時代、仰木のもとで捕手として5年間プレーした光山英和(現千葉ロッテ一・二軍統括コーチ)はミスをした日の翌日、こんな「恐怖体験」をした。
「藤井寺球場の一塁側の裏の通路を歩いていたら、向こうから仰木さんが歩いてきて。イヤやな、なんか言われると思ったら、おもいっきり睨んできたんです。『おはようございます』って言っても、だまーって通り過ぎて。まだ、なんか気配があるなと思って振り返ったら、こっちをくわって睨んでたんです。怖過ぎて、めっちゃ気持ち悪くなりました。仰木さんは野茂(英雄)とかイチローとか超一流には何も言わない。そのかわり、僕ぐらいの選手にいちばん怒る。二流、三流の選手は虫けら同然です。僕が指導者になったら、あんな理不尽なことだけはせんとこうと思いましたね。みんな仰木さんを美化し過ぎなんですよ」
光山が仰木のことになると決まって披露するエピソードがある。'90年代前半、野茂と西武の清原和博の対決は「平成の名勝負」と呼ばれた。清原を打席に迎えると、野茂は直球勝負を求めた。光山がフォークのサインを出しても首を振り、直球を投げ込んでくる。にもかかわらず打たれるとベンチで仰木から灸を据えられるのは決まって光山だった。
全ての写真を見る -3枚-「雑誌プラン」にご加入いただくと、全員にNumber特製トートバッグをプレゼント。
※送付はお申し込み翌月の中旬を予定しています