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【金メダルの舞台裏】ニコライ・モロゾフが20年後に明かす荒川静香との“わずか3カ月”の舞台裏「喧嘩するような時間はなかった」「でもシズカは24歳で…」《トリノ五輪》
2006年2月23日、イタリアのトリノで新たな歴史が作られた。当時24歳だった荒川静香が、アジア人フィギュアスケーターとして初のオリンピック金メダルを手にしたのである。閉会式を3日後に控えたタイミングでもたらされたニュースに、日本中が歓喜に包まれた。結果的に、このトリノオリンピックで日本代表選手が唯一獲得できたメダルでもあった。
荒川の金メダルにおけるキーパーソンは、コーチのニコライ・モロゾフだった。荒川はそれまで1年9カ月にわたり指導を受けていた“チャンピオンメーカー”タチアナ・タラソワから、オリンピックのわずか3カ月前に、モロゾフのもとに移るという思い切った賭けに出た。
「確か(11月下旬の)ロシア杯の最中に連絡をもらったのですが、初めて一緒に氷の上で練習をしたのは、(直後に)NHK杯で来日した時でした。日本スケート連盟が、夜にリンクの時間をとってくれたんです」
現在フロリダのリンクを拠点にしているモロゾフは、取材に応じてそう語り始めた。
「彼女とは、夏の間に振付師として指導したことは何度もあったのですが、メインのコーチとして一緒に氷の上に立ったのは、あの時が初めてでした」
モロゾフが荒川のプログラムを制作したのは'02-'03年シーズンからで、その翌年に荒川はモロゾフ振付の『トゥーランドット』を滑り、2004年のドルトムントで行われた世界選手権で初優勝を果たした。
「シズカは初めて会った時から、非常に身体能力の高い選手でした。でも最初の頃は自分の能力をあまり信じていない印象を受けた。僕は彼女が自信を持つ手助けをしたのだと思います」
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