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トウカイテイオー、誇り高き選択ーー。「津軽海峡を越えて明日…」“奇跡の復活”前夜の二風谷で《傑作ノンフィクション》

2024/04/14
発売中のNumberPLUS「名馬堂々Ⅱ」に掲載された名作ノンフィクション
無敗のダービー制覇、世界を蹴散らしたJC。だが彼は強さの反面、脆さも併せ持っていた。3度目の骨折からの復活を目指す6歳の秋。可能性のある限り前へ。稀代のサラブレッドは自らの存在を賭けた戦いへと向かっていた。発売中のNumberPLUS「名馬堂々Ⅱ 競馬ノンフィクション選集」より、特別に転載します(原題:[復活前夜]トウカイテイオー「誇り高き選択」。初出は1993年10月発売のNumber326号)

 野辺にコスモスの花が咲き乱れていた。

 可能性のある限り、前へ進め。日高路を南ヘハンドルを握る道すがら、可憐な花の向こう、放牧地に放たれたサラブレッドの仔たちに声なき声をかける。

 トウカイテイオーに会いにゆく。まだ可能という夢が信じられるから、引退して種牡馬になる安息の時をまだ先にのばして、再びファンの待つGⅠ戦線にもどってくる馬に会いにゆくのだ。

 噂に聞く、完璧に近い回復を自分の目で見ておきたい。まだムリがあるなら、テイオーよ先を急ぐなと声をかけることもできる。彼が世話になっている育成牧場の人たちと言葉をかわせば、完全回復か、それともまだ不安含みなのか、あるいは現役続行が正しい決断か脆いものか判るはずだ。

 二風谷という人の心を躍らせるような響きのある地名。そこがテイオーのいる村落である。正式には北海道沙流郡平取町二風谷。5年前にそこに誕生した民営の二風谷軽種馬育成センターは、トウカイテイオーを育てた母なる地といえる。

可能性のある限り、前へ。

 先ゆきを断念して、みずから人生の扉を閉じてしまった兄と芝居仲間が私にはあった。なにも急いで逝かなくても良かったのに、と思ったのはあとのことで、当時は兄と友へ前へ進む方向へ力を貸すことのできなかった自身の非力が、歯痒くてならなかった。

 言うまでもなくサラブレッドは、自分の意志でレースに走るわけではなく、雄馬として雌馬を自由に妊ませることもできない。人間の意志で彼らは鍛えられ、優劣を決められ、寿命まで決定づけられる。重度の骨折事故に遭えば永遠の眠りにつかねばならないことを、彼らは知らずに人に甘え、従い、レースを走る。

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photograph by Hironori Shirakawa
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