#1051
巻頭特集

[海外コーディネーターという仕事]遠征の裏側、教えます

2022/05/21
一大事業だった海外参戦は、今やカジュアルに。その蔭に検疫や輸送などを取り仕切る裏方がいる。世界へ飛ぶ日本馬を支える仕事の実際を聞いた。

 今や当たり前となりつつある、日本調教馬の国外での活躍。その背景として、日本調教馬が強くなっただけでなく、遠征への慣れも大きな要素を占めている。

 遡ると、戦後、日本調教馬による国外挑戦は、1958年のハクチカラの米国長期遠征に端を発する。旅客機をチャーターし、座席を取り外して積み込んだという。

 '95年には、JRAが国外主要競走での好成績に報奨金を設定し、国際招待競走を開催する主催者も増えたことで、国外遠征が活性化。'99年にはエルコンドルパサーが欧州への長期遠征を行った。当時は、現地の廐舎を間借りする事例がほぼなく、飼料や敷料(しきわら)、獣医などの手配や、調教施設の利用などが全て一から手探りで行われた。これらがベースとなって日々進化しながら現在へと繋がっている。

 このように、海外挑戦には輸送や現地での滞在、主催者との折衝なども伴う。馬主や調教師をはじめとする廐舎関係者だけでは、当然簡単なことではない。そうした際に大きく貢献しているのが、「競走馬海外遠征コーディネーター」の存在だ。

「ハクチカラからエルコンドルパサーまでで約40年かかった進歩は、そこから現在までの約20年で、さらに大きく進歩したと思います」

 こう話すのは、海外コーディネーターとしてこれまでにフランス、米国、オーストラリアなど、世界各地への遠征をサポート・帯同してきた田中敬太氏である。遠征に関する進歩についても、田中氏は実際に現場で触れてきた。

PREMIER会員になると
続きをお読みいただけます。
特製スマホリング付き!

今なら「雑誌プラン」にご加入いただくと、
全員にNumber特製スマホリングをプレゼント。
※送付はお申し込み翌月の中旬を予定しています

photograph by Shigeo Okada(Illustration)
前記事 次記事