過去2回の五輪で戦い終えた彼女たちが流したのは、歓喜の涙だった。しかし、東京の舞台で頬を伝ったその涙の意味合いは、これまでとまったく違った。
東京体育館のメディアセンターは教室2つ分ほどの広さがある。20を超える長テーブルに50を超える椅子が用意されている。卓球女子団体の決勝が行われる8月5日の夕方はそのすべてが埋まっていた。カメラマンや記者たちが試合会場のポジションを決める抽選を待っていた。部屋に飛び交っているのは大半が中国語であった。
「抽選はまだ始まらないのか?」
大陸からきた記者がそわそわと日本人スタッフに問い掛けた。ジャージには国名がプリントされていた。背中のリュックには中国代表のユニホームと同じ龍が描かれていた。彼の姿は、この国にとっての卓球が誇りと威信であることを物語っていた。
試合は午後7時半に始まった。照明に光るコートはペンを一本落としただけで割れてしまいそうなほど張りつめていた。そうさせたのは日本選手たちの緊張であると同時に、中国側の怖れでもあるように見えた。王国とその他という勢力図が塗り替えられてしまうのではないかという怖れだ。
日本には2つの算段があった。ひとつは石川佳純と平野美宇のダブルスで先手を取ること。もうひとつは20歳のエース伊藤美誠のシングルスで揺らいだ相手の自信をへし折ってしまうことだった。伊藤は混合ダブルス決勝で中国を下すなど卓球王国にとって最大の脅威となっていた。
だが日本の目論見は次々と破られた。ダブルスでは1-1で並んで迎えた第3ゲーム、8オールの局面でフォアの打ち合いになった。最後は石川のラケットがあと数cm届かなかった。勝負の分岐点となった高速ラリーを石川はこう振り返った。
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photograph by Itaru Chiba