甲子園の舞台で、理想のスイングで、理想の打球を飛ばしたい。スラッガーはその瞬間を夢見て、ひたすらバットを振り続ける。ただし、多くの強打者が聖地の打席で厳しい現実に直面する。名門・熊本工の天才バッターが、その悔しさから得たものとは。
1989年8月16日 2回戦
熊本工 1-3 吉田
1回戦を19安打13得点で快勝した熊本工だが、この日は吉田のエース井出を打ち崩せず。8回に勝ち越しを許し、最後は前田が1ゴロに。
「敗れたり――それが、甲子園最後の試合が終わったときの、僕の率直な心境です。ただ、3年間、一途に野球をやってきた。春からキャプテンになって、みんなで最低限、何とか頑張ることはできたんじゃないか。そういう自負もどこかにありました」
前田智徳はいま、甲子園での最後の夏をそう振り返る。熊本工3年生で自身が主将としてチームを率いた1989年、2回戦で対戦した吉田(山梨)に1対3で敗退。4番・センターで出場した前田は、1ゴロに打ち取られて最後の打者となった。
「エースの井出竜也くんにやられました。とくにカットボール系の速いスライダーがよくて、最後の打席もそれで抑えられた。高校時代に見た中で1番のキレでしたね。
そのとき、僕が感じていたのは、悔しさと同時に、寂しさです。この夏を最後まで勝ち進めば、9月の国体までみんなと野球ができる。だけど、1度負けたらおしまい。1試合でも多く、1日でも長く野球をやるには、勝ち続けていくしかありません。
勝つために、みんなで毎日苦しい練習をやり、ダッシュを何十本と繰り返し、合宿でひたすらバットを振り込んだ。そういう辛さ、苦しさを、チーム全員で乗り越えてきたんです。そのすべてが終わって、何とも言えない寂しさを感じていました」
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photograph by Katsuro Okazawa