1973年の秋、妻を喪って間もない著者は動物学者ジョージ・シャラー(GS)に誘われ、バーラル(ヒマラヤアオヒツジ)の生態調査に同行する。バーラルを餌とする神秘の動物、雪豹の野生の姿を一目見たい、という憧れがあったからだ。本書は、ガンジス川ほとりからネパール北西部の秘境にそびえるチベット仏教の聖地クリスタル・マウンテンまで、ヒマラヤ山中の往路400km、2カ月に及ぶ旅の記録である。
荘厳な白い峰々、深い谷と荒涼とした高地をひたすら歩き続ける厳しい旅。それは「まさに巡礼、心の旅だ」。作家であり探検家でもあり、また禅を学ぶ著者の眼と心に映る自然と文明社会から切り離された村人と動植物の姿が抒情的に綴られる。曲がった足を引きずり、鼻をヤギの糞や泥水にすりつけて丘を這いのぼる少女の澄み切った目。賃上げを求め歩こうとしないポーターたち。彼らは与えた運動靴を売るために使おうとせず、裸足で氷原を歩き血の足跡をつけている。雪の中で休むバーラルの群れがいっせいに跳ね上がる。バーラルを追うオオカミたち。何日も続く氷雨の中の行進、濡れそぼったテントでの野営……。日記形式の現在形で書かれる一日の記録に鋭いスナップ写真のような描写が刻み込まれ、読む者も巡礼の道を歩んでいく。
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