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「ドラフト中継に顔写真も資料もなかった」“史上最高の隠し玉”を獲ったスカウトはいかに千賀滉大を見つけたか?「あいつは、億稼ぐ選手になる」
posted2026/10/30 11:31
メジャーリーガーに上り詰めた千賀滉大だが、育成ドラフト指名時点では「全然知られていない」隠し玉だった。名スカウトはいかにその才能を見つけ出したのか
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喜瀬雅則Masanori Kise
photograph by
Getty Images
小川一夫の広く、緻密な情報網がフルに生かされたとも言えるのが、3軍制への拡大に向け、育成選手の獲得を増やすことになった2010年のドラフトだった。
育成強化を主眼に、ソフトバンクが「3軍制」を本格導入することを決めたのは2010年夏過ぎのこと。そもそもオーナーの孫正義は、育成レベルの選手を数多く抱えるより「そのお金で、大物のメジャーリーガーを1人、獲ってきた方がいいんじゃないのか?」という意向だったと言われている。一方、球団会長の王貞治は、多くの選手を競い合わせ、高い競争意識の中で選りすぐられ、勝ち残ってくるたくましさを備えた逸材を発掘、育成できる環境づくりを望んでいた。一見、相反する組織論とでも言えるかもしれない。
「王さんがそうおっしゃっているのなら、その通りにしなさい」
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王の野球観を全面的に支持する孫は、3軍制への拡大にゴーサインを出した。
千賀滉大獲得秘話
3軍制の稼働へ向け、育成選手の保有数も増やすことになったのだが、その時点ですでに2010年ドラフトへ向けての最終的なリストアップは終わり、指名候補選手もある程度絞られていたという。スカウト部長の小川は、部下たちに「もう一度、リストアップをしてくれ」。つけた注文は、最終候補からこぼれ落ちていた中から、何か光る『一芸』を持った選手をピックアップして欲しい、というものだった。
その“洗い直し”の中で、小川の「目」と「決断力」の凄まじさを物語るエピソードとして伝わっているのが、2010年の育成ドラフト4位指名・千賀滉大の獲得を巡るプロセスだろう。所属する愛知・蒲郡高は、千賀の3年夏も県3回戦敗退の公立校で、プロのスカウトたちといえども、目が届かなくても無理もないレベルだった。
その超無名の右腕を見出したきっかけは、小川の情報源の一人でもあった“名古屋のニシさん”から入った、一本の電話だった。

