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東京大学から“日ハム7位”でプロへ「指名されなかったら、なんて言おうか…」ドラフト当日に宮台康平が考えていた“敗戦の弁”「指名漏れなら留年して就活」
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松永多佳倫Takarin Matsunaga
photograph byHideki Sugiyama
posted2026/10/30 12:00
2017年のプロ野球ドラフト会議で日本ハムに7位指名された宮台康平さん。東京大学史上6人目のプロ野球選手となった
日米大学野球での好投もあって、NPBのスカウト陣は150km左腕を「大学球界でもトップ級の投手」と評価し、「赤門史上初のドラ1候補」といったキャッチが紙面やウェブ上で躍った。
ギリギリまで迷っていたプロ志望届
だが3年生の秋、宮台は左肩を故障してしまった。診断は左肩腱板損傷。可動域が広すぎたことで左肩に負担がかかってしまったのだ。
「プロを本気で意識したのは3年生の夏に大学日本代表に選ばれたとき。プロに行くような選手たちと一緒に野球をやりたいと思ったんですよね。ただ、僕はもともとプロに行くつもりで大学に入ってないので、国家公務員や民間企業への就職を天秤にかけて悩む時期がありました。実際3年生の秋から怪我をしていたので、これを治してさらに成長してプロに行けるのか、それとも4年間やり切って野球は諦めるのか……。そんな葛藤がプロ志望届を出すまでずっとありました」
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話題性と期待値が高かっただけに怪我明けの4年生の春季リーグの成績が注目されたが、7試合に登板し0勝3敗、25回3分の1、被安打24、15奪三振、四死球35、自責点23、防御率8.17。回復途上の宮台は1年前とは別人のようになっていた。
秋季リーグでなんとか2勝を挙げるも53回3分の1を投げて防御率5.57。「赤門史上初のドラ1候補」の声は完全に消え失せた。
故障が癒えて再発防止のためにフォームを改善するが、なかなか調子が戻らない。そんななかでプロ志望届を出すべきか、ギリギリまで迷った。東大野球部OBをはじめ多くの先輩たちのアドバイスを聞いても、どうしても踏ん切りがつかない。
2017年のドラフト会議は、近年稀にみる豊作年だった。
ドラフト1位には7球団に指名された清宮幸太郎をはじめ、村上宗隆、安田尚憲、東克樹、中村奨成、田嶋大樹といった名前が並んだ。2位以下では髙橋遥人、岸田行倫、大城卓三、平良海馬、塩見泰隆、藤岡裕大、育成からは周東佑京、大竹耕太郎など、のちに一軍主力級となる逸材が数多くプロの世界に進んだ。
「蓋を開けてみれば明らかですが、今でもバリバリ投げている同期の髙橋遥人、大竹耕太郎、東克樹といった左腕と比べて、僕が大学時代に上だったかというと、まったくそうは思えない。六大学の強豪に一度や二度好投したからといって、常に彼らと善戦できるかといったら、そうじゃない。打たれるときも多かったし、まだまだ壁を登らないとプロには行けないんだろうなという気持ちはありました」

