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東京大学から“日ハム7位”でプロへ「指名されなかったら、なんて言おうか…」ドラフト当日に宮台康平が考えていた“敗戦の弁”「指名漏れなら留年して就活」
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松永多佳倫Takarin Matsunaga
photograph byHideki Sugiyama
posted2026/10/30 12:00
2017年のプロ野球ドラフト会議で日本ハムに7位指名された宮台康平さん。東京大学史上6人目のプロ野球選手となった
東京大学のエースが「ドラ1候補」になるまで
東京大学。その響きに、多くの人は何がしかのバイアスを持たずにはいられない。東大史上6人目のプロ野球選手となった宮台康平のときもそうだった。
ドラフトにかからなくても先々は安泰だろう。プロ野球以外の道がいくらでもあるのだろう。プランニングありきの、ドライなエリート人生を歩んでいるものだと誰もが勝手に考えていた。しかし実際は違っていた。
「僕にとってのドラフトは、公開でやっている“就活”。緊張もしたし、何位であろうと指名されたことは志望企業から内定をもらえたのと同じ。本当にひと安心でした。もちろん1位指名なんてまったく考えていなかったです。そもそも指名されるかどうかも危ういと思っていましたから」
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親近感を覚える素朴な口ぶりで、宮台が当時の心境を思い返す。就職活動。たしかにいくつかの特殊性を抜きにすれば、本質的には、多くの就活生の心持ちと変わらないのかもしれない。
「宮台康平」の名が脚光を浴びたのは、2016年4月9日に行われた東京六大学野球の早大戦だった。早大が順当に勝利を収めるはずだったが、8回が終わっても0対0。“六大学最弱”の東大のピッチャーを打ちあぐねている。マウンドに立っていたのは湘南高校出身の3年生サウスポーだった。
宮台は早大の大竹耕太郎(現阪神)とがっぷり四つに組んで投げ合った。9回2アウトから長短打を浴びサヨナラ負けを喫したが、全国からスポーツエリートが集まる早大から毎回の13三振を奪う。その後、明大の柳裕也(現中日)と投げ合って1失点完投、立大戦で完封、さらに法大戦で完投勝利し、6試合2勝4敗、44回、被安打43、39奪三振、四死球20、自責点10。防御率2.05はリーグ4位の成績だった。チームとしても2004年以来のシーズン3勝を挙げ、「赤門エース」として一躍ドラフト候補に躍り出た。
春季リーグ戦終了後の6月19日に第40回日米大学野球選手権に出場する大学日本代表の24名に選出された。東大からはじつに33年ぶりのことだった。
マスコミは色めき立った。ただでさえ“東大ブランド”が強い日本において、一番の大衆娯楽である野球でドラフト上位級の実力を持った東大投手が現れたのだから、メディアが放っておくはずがない。NHK、民放、週刊誌、スポーツ新聞がスクラムを組み、宮台は時の人となる。


