プロ野球PRESSBACK NUMBER

「ドラフト中継に顔写真も資料もなかった」“史上最高の隠し玉”を獲ったスカウトはいかに千賀滉大を見つけたか?「あいつは、億稼ぐ選手になる」 

text by

喜瀬雅則

喜瀬雅則Masanori Kise

PROFILE

photograph byGetty Images

posted2026/10/30 11:31

「ドラフト中継に顔写真も資料もなかった」“史上最高の隠し玉”を獲ったスカウトはいかに千賀滉大を見つけたか?「あいつは、億稼ぐ選手になる」<Number Web> photograph by Getty Images

メジャーリーガーに上り詰めた千賀滉大だが、育成ドラフト指名時点では「全然知られていない」隠し玉だった。名スカウトはいかにその才能を見つけ出したのか

 名古屋市内にある「ベースボールショップ西正」は、1979年創業の野球用品店。全国の高校、大学、社会人のチームのユニホームや帽子、揃いのTシャツやバッグなどの注文を受ける出入り業者で、その創業者で初代店主だったのが西川正二、通称「ニシさん」だ。

ニシさんが言うんだから

「あの人が言うんだから、一回見てみようか、ということになったんだ。どこかに引っかかってこないといけない。引っかからなければ人脈じゃない。だからスカウト『網』って言うんだよな」

 西川は、三重・鈴鹿高、愛知学院大で投手を務めていた。東芝三重へ入社すると軟式野球部のエース兼4番打者の「二刀流」で活躍。三重県代表選手として、国体にも出場している。

ADVERTISEMENT

 現役引退後に東芝三重を退社すると、名古屋市高畑で「ベースボールショップ西正」を開店した。その仕事の合間を縫って、西川は愛知県内をはじめ、東海地区で高校野球の夏の予選が始まると、1回戦レベルから球場に足を運び、熱心に試合を見ていたという。仕事にももちろんつながってくるのだが、野球好きが高じてのマニアックさで、いつしか愛知を中心とした東海地域の「情報通」になっていた。

 その“ニシさんの情報”に目をつけたのは、根本がいた西武だった。西武のスカウト陣が名古屋へやって来ると、西川は球場や学校への選手視察に同行するようになり、夜は酒席を共にしながら情報交換をするようになっていた。

あのセーブ王も西川情報の隠し玉だった

 その西川からの情報で、西武が獲得した「隠し玉」の一人が、同朋大・豊田清だった。

 1992年ドラフト3位指名。同朋大は、豊田が入学した当時は、愛知大学リーグの2部に所属。全国的に名の知れた大学ではなかったが、豊田は同朋大を1991年に1部リーグに引き上げる原動力となった。プロ入り後は西武でセーブ王に2度輝き、巨人、広島でも活躍。プロ19年間で558試合登板、66勝157セーブを挙げている。

 西武のスカウト陣が西川の情報を重宝したのは、まさしく「根本イズム」でもある。

【次ページ】 千賀に惚れ込んだ「バードドッグ」西川

BACK 1 2 3 4 NEXT
#福岡ソフトバンクホークス
#小川一夫
#千賀滉大
#王貞治
#孫正義
#豊田清

プロ野球の前後の記事

ページトップ