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プロ野球PRESSBACK NUMBER
ドラフト上位候補から「25歳・無職・貯金ゼロ」に…「給料が翌月払いなら、生活終わってました(笑)」元慶應“高橋由伸2世”谷田成吾の「再出発」
text by

高田悠太郎Yutaro Takada
photograph byShiro Miyake/Takatada Furukawa
posted2026/10/30 11:01
33歳になった現在も谷田成吾は硬式野球を続けている
米国ではマイナー球団のトライアウトを受け、不合格となっては別の球団を訪れる日々だった。プレー自体は好調で、実戦ではコンスタントにヒットを打っていた。
だが、ネックになったのは20代半ばという年齢だ。10代後半で、伸びしろが大きいAA(ダブルエー)やAAA(トリプルエー)の選手を押しのけ、契約を勝ち取るほどのインパクトは残せなかった。
約2カ月の挑戦を終えて帰国した谷田は2018年5月、四国アイランドリーグplusの徳島インディゴソックスに入団。49試合で.292、3本塁打、24打点の成績を残したが、ドラフト指名はされなかった。シーズン後に徳島を退団。IT企業に就職し、サラリーマンとしてセカンドキャリアを歩み始めた。
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ドラフト指名漏れ3回。プロ入りの夢、かなわず――。しかし、当時の谷田は充実感に満ちていた。
「結局、プロ入りはできなかったですが、『ここまでやったらしょうがない。やり切った』と充実した気持ちで現役を引退させていただきました。それに、お金も使い果たしましたしね……。徳島でプレーしていた時の収入は月10万円ほどでした。退団した時は『25歳・無職・貯金ゼロ』だったので、社会人としてこれはやばいなと思っていました(笑)。
最初に就職した企業には、『給料は当月末払いですか?』と聞いたことを覚えています。翌月払いだったら、生活終わっていました」
3時間睡眠でスポンサー営業
ただ、谷田の“野球人生”は、これで終わらなかった。
IT企業に就職してから1年ほど経ったある日、徳島のオーナーから「球団代表をやってくれないか」と声をかけられたのだ。そして2019年12月、勤務していたIT企業を退職して、球団代表に就任する。
「『自分と同じように、トッププロを目指す選手の支えになれば』と思って、話を受けました。社会人野球と独立リーグでプレーをしていた分、同級生より3年分仕事の経験が浅かったわけですが、その遅れを取り返すくらいにはバリバリ働きました」
実際、スポンサー営業に奔走し、睡眠時間は3時間程度。取引先からは、「いつメールを送っても、返信が来ますね」と言われたこともあったという。谷田は、「野球で鍛えていた名残で、体力はありましたからね」と笑う。
頑張りは報われた。徳島は赤字経営だったが、就任1年目から黒字転換。2023年1月に球団代表を退任するまで、黒字経営を貫き通した。

