博多の人・王貞治BACK NUMBER
「五輪よりWBCよりMLBより凄かった」ON決戦の大舞台で…流れを変えた“ワンプレー”と主砲を襲った致命的アクシデント「今も悔いしかない」
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喜瀬雅則Masanori Kise
photograph byNaoya Sanuki
posted2026/09/30 17:02
野球のあらゆるイベントを目にしてきた選手たちが驚愕するほどの注目を集めた「ON決戦」を前にした両雄
あれ以上に取材が来たことはない
当時の様子を知るソフトバンクの球団関係者たちは、日本シリーズとなると、決まって「あのON決戦以上に、人が来たことはないよ」と声を揃える。私も、あの時以降の日本シリーズでも何度となく現場に立ってきたが、あの「ON決戦」のときの記者、カメラの数を超えたことは、その場にいた番記者の一人として「ない」と断言できる。
あの“一大決戦”には、想像を絶するほどのマスコミがやって来たのだ。
城島健司も、王と長嶋がホームベースを挟んで立った、あの瞬間を覚えているという。
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「東京ドームのバックネット前に集まった王貞治と長嶋茂雄。俺たちは後ろからしか見えなかったけど、バックネット前に王さんがいる。その後ろにも記者がいて、もう、人、人ですよ。ホームベースのところまで全部が人。だから、全部は見えない。三塁側ベンチから見ても、王さんと長嶋さんが見えなかったもん。
握手する瞬間に、フラッシュが光って、あれは……すごかった。あのフラッシュと人を見たときに、どえらいことになったんや、これから、どえらいことをするんや、って思ったのを覚えていますよ。僕はその後、オリンピックもWBCもメジャーリーグも経験しましたけど、どんなビッグイベントより、報道陣の数が桁外れでした。とんでもなかったです」
藤井将雄の親友2人の対決
その大舞台にも、王ダイエーはひるむところなど全くなかった。
シリーズ開幕の8日前、闘病の末、この世を去った藤井将雄の雄姿を収めた額縁を、三塁側ベンチの壁面に飾った。藤井の親友・若田部健一が遺族の同意を得て、分骨してもらったという右肩の“遺骨”をしのばせ、背番号「15」のユニホームをまとった、ダイエーのマスコット人形“藤井ハリー”もベンチに座っていた。
巨人の先発・工藤公康は、その前年までダイエーのエースとして活躍、藤井とは公私ともに親しく付き合い、藤井の通夜・告別式には、日本シリーズ直前でありながら参列し、棺をかついでいる。さらに工藤は若田部とともに、荼毘に付された藤井の火葬場まで足を運んでいる。
その2人が、第1戦の先発マウンドに立った。

