博多の人・王貞治BACK NUMBER
「日本シリーズの日程、変えられないのか?」史上最大の決戦を前にダイエーの“大失態”で王貞治も激怒…「おたくが勝手にされたことでしょう」
posted2026/09/30 17:01
根本陸夫の悲願、「福岡ドームと東京ドームでON対決」が現実に近づいてきたとき、ありえない「大失態」が発覚する
text by

喜瀬雅則Masanori Kise
photograph by
KYODO
少々、話の時系列が行ったり来たりを繰り返したが、改めて「2000年の王ダイエー」に焦点を当てていきたい。
パ・リーグはダイエーが、セ・リーグは巨人が首位争いを続けていた。
ダイエーが連覇を果たし、巨人が4年ぶりにリーグ優勝できれば、王ダイエー、長嶋巨人による日本シリーズが実現することになる。
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「ON決戦」の注目度は、どれほど高かったのか。
当時のテレビ視聴率に、それが顕著に表れていた。ビデオリサーチの調べによると、「ON決戦」での全6戦の平均テレビ視聴率は、関東地区で31.8%、北部九州地区では43.45%をマーク。ダイエーの本拠地エリアとなる北部九州地区での瞬間最大視聴率ともなると、第1戦が64.3%、第2戦63.0%、第3戦58.0%、第4戦が52.8%、第5戦の45.5%が最も低い数字で、シリーズ敗退が決まった第6戦でも54.3%と、とんでもない数字をたたき出している。
20世紀最後の頂上決戦は、昭和のプロ野球を牽引した2人のスターが率いるチーム同士が激突する。その、まさしく“ドリームマッチ”への機運が高まり始めていた頃だった。
オーナー代行のとんでもない相談
球団代表の瀬戸山隆三は「7月頃やったね」とその記憶を辿ってくれた。オーナー代行の中内正から、とんでもない相談を受ける。
「日本シリーズの日程、変えてもらうことはできないのか?」
ダイエーは当時、球団、ドーム、ホテル(シーホークホテル&リゾート=当時)を「福岡3点セット」と位置づけ、三位一体での事業展開を行っていた。
だから、球団代表の瀬戸山は、厳密に言えば、ドームの事業展開には「基本的に、その頃は全くタッチしていない」という。野球興行はドームが仕切り、球団のフロント業に瀬戸山は専念。ドームを中心に、その3点セットを統括するのがオーナー代行の中内正、ダイエー創業者で球団オーナーの中内㓛の二男だ。
2000年当時、球団、ドーム、ホテルの「福岡3点セット」も経営難に陥っていた。

