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「甲子園に届かなかった」明徳義塾の“苦難の時代”を経て…10年以上ぶりに見た名将・馬淵史郎の息子、馬淵烈の“驚きの姿”に感じた父の血
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中村計Kei Nakamura
photograph byTadashi Shirasawa/Kei Nakamura
posted2026/09/23 17:02
明徳義塾高校・馬淵史郎監督(左)と、息子で拓殖大学野球部監督の馬淵烈(右)。選手たちに指示を出す姿がよく似ている
史郎とそっくりなのだ。やや出てきたお腹、ベンチから出てくるときの歩幅、後傾気味の姿勢、そして、ときおり両手の親指をベルトに引っかける仕草も。
電話に出るときの「はいはい、馬淵ですぅー!」「どーもー!」という、とにかく景気のいい声を上げるところも瓜二つだった。
目をぎょろりとさせ…烈に感じた史郎の血
拓殖大のコーチである佃勇典も、史郎が2023年にアンダー18の代表監督を務めて優勝した瞬間のシーンを思い出し、こう笑っていた。
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「史郎さんが、こうやったんです」
史郎は優勝したとき、大抵、勢いよく万歳をする。往年の王貞治がホームランを打った直後に見せた、あの感じだ。佃が続けた。
「そっくりですよね」
烈も歓喜を爆発させるときは決まって渾身の万歳ポーズをとる。
シルエットや所作だけではない。こんなときも、やはり史郎の血を受け継いでいるのだと感じた。
昨春の東都2部リーグ、拓殖大が優勝戦線に残れるか脱落するかの大事な一戦を前にしてのことだった。ベンチに向かう烈は、目をぎょろりとさせ、あらん限りの闘志を吐き出すように言った。
「残りの試合、全部負けてもええから、この試合だけは勝ちたいですね」

