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「阿部慎之助は『元気ですよ』と」最もよく知る元巨人広報への電話…阿部氏の父との秘話も「電話に思わず居留守を…コワい人だから(笑)」 

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赤坂英一

赤坂英一Eiichi Akasaka

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posted2026/08/13 11:00

「阿部慎之助は『元気ですよ』と」最もよく知る元巨人広報への電話…阿部氏の父との秘話も「電話に思わず居留守を…コワい人だから(笑)」<Number Web> photograph by JIJI PRESS

予想外の事態から退任した阿部慎之助氏は今なにを考えているのだろうか。最もよく知る、元巨人広報・香坂英典氏に阿部氏との関わりを聞いた

 2年に上がる前、もう野球部を辞めようと思って“幽霊部員”たちとグラウンドの門の前まで行くと、そこに阿部さんがいてね。『お前たち、よく来たな』と声をかけられた。コワい武闘派の先輩に『練習しろ』と言われたら、返事は『はい』しかない。しょうがなくユニフォームに着替えてランニングしてたら、突然ブルペンに呼ばれたんです。

香坂、明日布団持ってこい!

 慌てて行ってみたら、宮井勝成監督が『どうして誰も投げてないんだ!』と怒ってる。主力投手は投球練習を終えてたんですが、監督が怒りだしたら誰かが投げるしかない。パニくった先輩に指示されて、僕を含む4人が指名されて急遽投球練習開始。僕は主力用の“エースブルペン”に入って、阿部さんに受けてもらいました。

 その後、シート打撃にも登板させられて、主力をスカッと抑えた。そうしたら、本合宿のマネージャーが『明日布団持ってこい!』と言うんだよね。布団? 何のことだ? と思ってたら、『布団持ってきて、合宿に入るんだ!』。本合宿に入れないから退部するつもりで来たその日に、本合宿に入れられちゃったわけですよ。

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 2年春のオープン戦が始まって、ショートイニングでリリーフ登板したら、ここでも抑えられた。おかげで東都の春季リーグ戦でベンチ入りすることになって、背番号10が与えられたんです。後になって考えたら、慎之助が巨人で現役時代に背負っていた背番号と同じなんだよね。これも何かの因縁かな(笑)」

 春季リーグ戦最初の亜大戦で、香坂氏は登板2試合目にして初勝利を挙げる。堂々たるエースとなり、4年の春季リーグ開幕戦では東洋大を相手にノーヒットノーランを達成。中大のリーグ優勝に貢献し、MVPにも選ばれ、大学選手権では大学日本一に輝き、1979年のドラフト外で巨人に入団した。

「阿部さんがいなかったら間違いなく、今の僕はありません。野球を辞めようと思って学校へ行ったあの日、阿部さんについて門をくぐらなかったら、その後の人生はなかったわけだから」

プロから注目されていた慎之助

 プロでは1勝止まりで84年に現役を引退したが、その後も巨人で打撃投手、スコアラーなど裏方として球団に貢献。92年から広報担当を拝命し、松井秀喜氏をはじめスター選手のサポートを務めていた2000年秋、プロから注目されていたのが東司さんの息子、中大の阿部慎之助だった。

【次ページ】 東司さんからの電話に思わず居留守!?

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