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「このままじゃいけない」群馬県勢初の甲子園優勝→日本ハムドラ1左腕の苦悩…阪神へ電撃トレード、戦力外通告の先に待っていた「信じられないドラマ」 

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佐藤春佳

佐藤春佳Haruka Sato

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posted2026/08/12 11:04

「このままじゃいけない」群馬県勢初の甲子園優勝→日本ハムドラ1左腕の苦悩…阪神へ電撃トレード、戦力外通告の先に待っていた「信じられないドラマ」<Number Web> photograph by JIJI PRESS

桐生第一高校のエースとして群馬県勢初の甲子園制覇に導いた

 2007年3月20日、新シーズンの開幕を目前にして、不意をつく知らせが入った。正田と阪神・金沢健人投手の交換トレードが発表された。左投手の補強を目指した阪神と、中継ぎの整備が急務だった日本ハムの思惑が一致。ドラフト1位、さらに新人王投手の放出は、当時としても異例だった。

「チームが替わるという驚きもありましたが、すぐに気持ちは切り替えられました。日本ハムでも思うようにいかない時期が続いていたところだったので、心機一転頑張ろうという思いでした」

「このままじゃ…」必死にもがく日々の中で

 阪神の本拠地は、あの夏頂点に立った甲子園。なんとか直球のキレさえ戻れば必ず輝きを取り戻せる。そう信じて挑んだ新天地だった。

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「それでもなかなか思うような結果は出せませんでしたね。フォームが固まらなくていいパフォーマンスが出来ない。二軍でもあまり試合に出られなかった。ゲームメンバーには入っていてもなかなか登板機会がなくて……。このままではいけない、と必死にもがいているような毎日。楽しく野球をやっていても、プロはやっぱり結果が全てですから。そこが出せないとしんどいものはありますよね」

 2008年秋、戦力外通告。2度のトライアウトを受けたが、国内球団からのオファーはなかった。もはや、ここまでか――。しかし、その先に待っていた運命的な出来事が、正田の野球人生を思いがけない方向へ導いていく。〈つづく〉

#2に続く
「あの夜、人生が変わった」26歳で阪神を戦力外→そこから15年も現役を続けた左腕の〈大逆転人生〉 正田樹が語る「2度の戦力外と3度の解雇…その先に」

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