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「本田圭佑は興味深い候補だが…」トルシエと“最も近い記者”最期の対話「ありがとう、ありがとう」「君が日本と私をつないでくれた」《追悼・田村修一さん》
posted2026/08/07 11:03
田村さんは数十年にわたりトルシエと交誼を結んできた。最後となってしまったインタビューでもトルシエは忌憚のない意見を聞かせてくれている
text by

田村修一Shuichi Tamura
photograph by
Takuya Sugiyama
——日本人スタッフがそろっていたことで、選手たちがまとまりすぎていたかもしれない、とおっしゃいました。まとまりすぎていたとはどういう意味でしょうか?
「全員が日本的な考え方になっていたかもしれない、ということだ。試合後の選手たちの反応を見ると、個性が足りないと思う場面がある。全員が泣き、全員が謝り、全員が許しを乞う。全員が同時に同じ場所で玉砕するという侍の精神みたいなものがあるようだ。敗北しても、常に強い連帯感がある。
しかしそれだけでは、個性と自信が足りないのではないか。こういう敗北の場面こそ、目を覚まして、うまくいかなかったことがあると声を大にしなければならないときかもしれない。全員が日本人で、日本的な雰囲気の中にいるわけだが、そこには長所も短所もある。だから私はかつて、そのすべてのバランスを揺さぶったんだ」
反骨心が感じられたのは鎌田だけだった
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——なるほど。そこは森保一監督の弱点のひとつかもしれません。彼は個性よりも、連帯や結束を好む印象がありますから。
「そうだな。選手たちは、日本的な環境、コンテクストで居心地よく感じている。だがそれによって荒々しさ、自己分析、自己批判は失われる。もしかしたらそのことでグループが縮小してしまったかもしれない。グループは12人だけで、残りの選手たちは付き従って励ますという存在になっていたかもしれない。
私には、鎌田大地だけは少し反骨心があったように感じられた。だが他の選手はいかにも日本の子どもたちという感じだ。そして最後は全員が謝り、許しを求めた。そういう面でもっと強くなり、個性を発揮することが必要かもしれない。例えば2002年に中田英寿が持ち込んでいたような、あるいはのちに本田圭佑も少し持っていたような、型破りで反骨的な面が。今回のグループにはそういう側面がなかった」
——確かにそうですね。今大会を通しての日本全体のことは、どう評価していますか。

