博多の人・王貞治BACK NUMBER
「監督、今日は何対何で勝つつもりなんです?」「なんで今?」ダイエー王貞治を驚かせた唐突な問い…「勝つシナリオは7割決めておく」意味とは?
posted2026/08/06 11:06
投手コーチに就任した尾花は投手陣を整備しつつ、王にも投手運用について意識の改革をうながした
text by

喜瀬雅則Masanori Kise
photograph by
Naoya Sanuki
ロドニー・ペドラザは、米マイナー時代にも本格的なリリーバー経験はなかった。球速も140キロ前後。決して剛球タイプではない。一般的にストッパーは、コースを間違っても、その威力で打者を詰まらせ、時にはバットをへし折るくらい、全力の15球で1イニングを勝負するものだ。
その頃は150キロが出れば“剛速球”と表現され、140キロ台前半は先発投手の標準的な球速レベルだったとはいえ、当時の基準に照らし合わせても、ペドラザの球速で勝ちゲームの9回を任せるのは、ちょっとばかり心もとない。
来日直後のペドラザは、先発起用が想定されていた。福岡・雁の巣の2軍戦に先発登板した右腕を、1軍投手コーチの尾花と正捕手の城島健司が、直接視察に出向いた。
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そのとき尾花の目を引いたのは、打者の手元で巧みに動くスライダーとシュートのキレ、さらに初速と終速の差が少ない、伸びのあるストレートだった。
移籍してきたストッパーが息切れし……
開幕直後、ストッパーを務めていたのは1メートル89センチの長身右腕・山田勉。1997年まで12年間、ヤクルトに在籍。1998年の広島を経た後、テスト入団の形で1999年から、ダイエーに移籍してきた。
「山田は1カ月、頑張ってくれたんよ。でも、もう息切れだった。その時にペドラザが来てくれた。調整登板を見て、これは1イニングだったら、絶対に抑えられると思った。これを抑えにしたらええな、と思ったんです」
そうひらめいた尾花は、城島に「どうや?」と尋ねてみた。すると城島も、まるで尾花の胸の内が分かっていたかのように「ストッパー起用」を提案してきたという。

