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「ボールを蹴った瞬間、ヤバい」”W杯で初めてPKを外した日本人”が明かす南アW杯PK失敗の真相「俺一人のせいで負けた。その責任ばかり感じて」
text by

松本宣昭Yoshiaki Matsumoto
photograph byNaoki Nakanishi/JMPA
posted2026/06/29 11:02
2010年南アフリカW杯パラグアイ戦のPK戦で3人目のキッカーとしてペナルティスポットに向かう駒野友一。“W杯で初めてPKを外した日本人”が明かした真相とは?
「成功率を考えれば、PK戦のキッカーに選ばれるだろうなとは思っていました。3年前のアジアカップでもPK戦で2本、決めていましたから。監督は(イビチャ・)オシムさんでしたけど。嫌だなと思うことはないですよ。選ばれたら、いくぞと」
運命のPK戦が始まった。誰が言い出したのか、日本の選手たちは自然とセンターサークルで両膝を立てて座り、仲間とがっちり肩を組んで見守った。
〈心臓、バクバクでしたか?〉
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画面を見守る駒野に問うと、意外にも首を横に振った。
「僕、サッカーで緊張しないんですよ。W杯で唯一緊張したのは、初めて出場した'06年大会初戦のオーストラリア戦で入場したとき。あの試合も、後半にはいつもどおりの精神状態になっていましたから」
1番手・遠藤はゴール右隅に流し込む。2番手・長谷部誠はゴール左のサイドネットに突き刺した。その間、冷静沈着な駒野の目は一人の男の動きだけを追っていた。
パラグアイのゴールを守るフスト・ビジャルである。
「キッカーの動きに対してGKがどんな反応をしているのか。PK戦のときは、いつもそこを見ています。1本目も2本目も、パラグアイのGKはキッカーから見て左に飛んでいた。ヤットさんには逆を突かれて、長谷部のシュートに対して読みは当たっているけど、手は届いていない。そういう情報を頭の中で整理していました」
パラグアイも3人目までが成功させ、いよいよ駒野の順番が回ってきた。センターサークルからペナルティスポットまでは、およそ40m。その距離を、ゆっくりゆっくり歩き始めた。
15年前に訊けなかった質問の答え
そんな自身の姿を映し出す画面を見ながら、ふと駒野がつぶやいた。
「このときです。蹴るコースを決めたのは」
15年前に訊けなかった質問への答えが、明かされた。
「1本目と2本目へのGKの動きを見て、左上に蹴ろうと決めました。僕がPKで一番得意なコースです。ただし、枠を外すリスクを考えて、クロスバーよりボール2個分くらい下を狙うイメージですね」
リスクを冒してでも、一番自信のある場所へ蹴り込むことを決めた。
自身の左側へ、右足のインフロントで擦り上げるように蹴る駒野のキックは独特だ。小学生の頃は、豪快なシュートが持ち味のFWだった。ところが中学2年からタッチライン際のポジションで起用されるようになって、新たな武器を身につけた。相手DFは触ることができず、なおかつ味方にはピンポイントで届く鋭いクロス。お手本は、イングランドの貴公子だった。
「デイビッド・ベッカムの蹴り方は、映像を何度も見て真似していましたね。僕はベッカムほど足首が柔らかくありませんけど、重心を低く落とすフォームやボールの軌道はかなり参考になりました。PKのときに左側に蹴る感覚も、それに近いと思います」
PKを蹴る場合、左足にも注意を払う。
「GKにコースがばれないように、いつも軸足の向きは意識していました。軸足は右側に向けて、体をひねる感覚ですね」
画面の中の駒野は、ピッチ上に転がるボールを拾い上げ、石灰の浮くペナルティスポットの上へ丁寧にセットした。そこから1、2、3、4、5、6、7歩下がる。これもサンフレッチェ広島ユースの頃から変わらないPKのルーティンだ。
ボールを蹴った瞬間「やばい」
GKとボールを交互に見て、助走開始。いつものように軸足を右に向け、右足を振り上げたときだった。視界の端で、危険な情報をキャッチした。


