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「プロになるのは、やめた方がいい」医師から突然の宣告…久保建英らと日本代表でも活躍“広島の超速FW”を襲った病魔の正体「正直、まさか…と」
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別府響Hibiki Beppu
photograph by(L)AFLO / (R)Tomosuke Imai
posted2026/06/18 11:02
W杯代表である久保建英や菅原由勢らとともにアンダー世代で長らく活躍した桂陸人。かつての天才FWを苦しめた病とは?
「でもそんなの周りの選手からしたら『何なの?』と思うじゃないですか。しかも自分は病気のせいもあってコンディションも上がらない。試合に出る以上は頑張りたい。でも、調子が上がらないから結果を残せない。そんな感じがずっと続いて。それで1年目の冬に『治療に専念したいので、長期間休ませてください』と監督に伝えて休みをもらいました」
その後は時折数値が良くなるタイミングこそあったものの、なかなか寛解というところまではいかなかった。通院時間との兼ね合いの中で出場できる、セカンドチームの試合に出ることもあったが、その後に数値が悪化し、また長期の休養……ということを何度か繰り返した。
特にこの時期は世代の日本代表でともに活躍した選手たちが、クラブチームや大学で頭角を現し、活躍し始めた時期でもあった。それだけに「当時はサッカーに関するニュースはシャットアウトしていました」と振り返る。
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「周りが活躍するなかで『桂ってどうしてんの?』『サボってんじゃない?』とかそういう声が耳に入るときもあって、やっぱりそれは辛かったですね。でも、代表で一緒だった久保(建英)や菅原(由勢)とかは、たまに会えば『(状況は)知ってるよ』『大丈夫やろ、待ってるわ』って変に気を遣わずに言ってくれて、すごく助かりましたね」
復帰までには丸2年…それでもプロは諦めず
ようやく医師から正式に部に戻るゴーサインが出たのは、大学3年生の秋のこと。実に闘病期間は丸2年になっていた。
「幸か不幸か、そういう状況でもプロになりたい気持ちは消えていなかった。だからもう、アピールするしかないんです。コンディションを整えて、とにかく4年目の関東リーグで活躍して、Jリーグのチームにコンスタントにアピールしたい。もうそれしか考えてなかったですね。そのためにリハビリも頑張って」
その言葉通り、4年目のシーズンが始まると桂はスタメンに復帰。序盤から主力として活躍するなど結果も残した。前期リーグはほぼ全試合に出場し、アピールを重ねた。

