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「コノヤロー! って怒鳴りあいながら…」長嶋茂雄さん一周忌に中畑清が思い起こす“本当に幸せだった時間”「長嶋さんは千の風になったんです」 

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赤坂英一

赤坂英一Eiichi Akasaka

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photograph bySankei Shimbun

posted2026/06/03 11:00

「コノヤロー! って怒鳴りあいながら…」長嶋茂雄さん一周忌に中畑清が思い起こす“本当に幸せだった時間”「長嶋さんは千の風になったんです」<Number Web> photograph by Sankei Shimbun

長嶋さんが亡くなって早くも1年。弟子を自任する中畑氏が一周忌を前に思い出を語ってくれた

「ナーガシマ!」コールで生まれた絆

「あの話はシノ(篠塚)にかなり盛られてるんだよな。『偉そうに腕組みなんかして見てるんじゃねえ!』なんてシノが言うもんだから、俺、それを聞いた途端にチビリそうになったもん。俺が言わせたことになってるけど、そんなひどいこと言ってないよ。逆に、何だ、その口の利き方は、ケンカ売ってんのかって思ったぐらいなんだから。

 だけど、そういう時、長嶋茂雄という人はうまく乗ってくれるんだよね。『何を~っ、よお~し!』って、ペッペッて両手にツバかけて、上り坂を一気に走り出してさ。でも、あの時は43歳か。50メートル、60メートルまではカッコよかったんだけど、そこから徐々にペースダウンして、ゴールまでの下り坂では、さすがにもうヨロヨロですよ。

 選手みんなで大笑いしてるうちに『ナーガシマ、ナーガシマ!』って長嶋コールが沸き起こって、長嶋さんがゴールした途端、みんなで『バンザーイ、バンザーイ、長嶋バンザーイ!』って万歳三唱したんだ。あの時こそ、長嶋監督と俺たち選手の間に、本当の絆が生まれた瞬間だったのかな、と思う」

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 しかし、その絆には、僅か1年でピリオドが打たれた。長嶋さんは翌1980年を最後に、巨人監督を解任。10月21日の「退団記者会見」の中継を、中畑氏はチームメートとゴルフ練習場のテレビで見た。

「あの時は、ショックなんてもんじゃなかった。『ウソだろう!』って、テレビ画面に向かって叫んでたよ。でも、長嶋さんは文句ひとつ言わなかった。一切の責任を取って辞めさせて頂きますという、あの引き際に男を見た。あれこそ、男の生き様のお手本だと俺は思う」

第2次監督時代、コーチに就任したが

 中畑氏がふたたび長嶋さんとともに巨人のユニフォームを着たのはそれから12年後、1992年のシーズンオフだった。12年ぶりに監督に復帰した長嶋さんの元で、打撃コーチに就任したのだ。

 しかし、第2次長嶋監督1年目の巨人は一度も優勝争いに絡むことなく3位に終わる。中畑氏の預かった打線も振るわず、チーム打率はリーグ最下位の2割3分8厘。

「それで、責任を取って辞めようと思ったんです。長嶋さんには引き留められませんでした。たぶん、私にバッティングコーチを任せるのはキツいと、最初から思っておられたんでしょうね」

〈全2回の1回目/つづきを読む

#2に続く
「松井秀喜ははっきり言われていると思うよ」長嶋茂雄さん一周忌に中畑清が明かす“教えと約束”「私には、明るく、楽しい監督になりなさい、と」
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