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「阿部慎之助スキャンダル」で急遽就任…初の“外様指揮官”橋上秀樹監督代行って何者? 元スカウトが語っていた“意外な記憶”「オッと思ったのは…」
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安倍昌彦Masahiko Abe
photograph byKiichi Matsumoto
posted2026/05/29 17:00
阿部慎之助前監督の退任で急遽、監督代行の座に就くことになった橋上秀樹氏。巨人在籍経験のない「外様」指揮官は史上初
「ファームで4、5年苦労して、腰かどっか故障もして外野に回っとったからな。そこで終わっていてもしゃあないのに、長く置いてもらって、野村(克也、当時監督)さんに付いて勉強もしたんやろな。そのへんの話は聞いていますよ」
ここから先は、片岡さん独特のひとり語りになった。
「まあな、結局わからんのよ。人の将来性なんてな。ドラフトかて、そうや。そりゃあ1位、2位は確信ないとアカンけど、3位以下なんてアンタ、ほとんど働けてないやろ、プロ入ったって」
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ご自身が大好きだった競馬になぞらえて「万馬券と一緒や」と、よくつぶやいておられた。
「よう言われたよ、あの頃。『高校生のキャッチャーが3位ですか、よく思いきりましたね』とかな。思いきるも何も、勝負賭けるしかないやろ、大矢と八重樫の後、誰もいてへんのやからな」
そして、その後の一節が、妙に記憶に残っている。
「プロの世界で長く生き残るのは…」
「プロなんて身体能力の天才集団みたいなもんやから、ただ、プレーが凄いヤツなんて、なんぼでもおる。そういう世界で長く生き残っていくのは、天才的に要領のいいヤツか、頭のいいヤツや。勉強するヤツは少ないから目立つし、置いといたら、なにかでチームの役に立つ。結局、そういうヤツは、最後まで米のメシが付いて回るんや」
せやから、オレはあかんかったんや。
いつも、必ずそんなオチをつけて話を締めくくる片岡さんだって、なんだかんだで、67の歳までスカウトの現役を全うした。果たして、そのどちらで米のメシが付いて回ってきたのだろうか?
橋上監督代行は、きっとご存じなのだろう。

