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「羽生善治が元日本代表FWと柏レイソルユニ姿」「志村けんvs米長邦雄の記念対局」“棋士と二刀流”元編集長が明かす将棋専門誌製作の舞台ウラ 

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田丸昇

田丸昇Noboru Tamaru

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photograph byKiichi Matsumoto/NumberWeb

posted2026/05/03 06:00

「羽生善治が元日本代表FWと柏レイソルユニ姿」「志村けんvs米長邦雄の記念対局」“棋士と二刀流”元編集長が明かす将棋専門誌製作の舞台ウラ<Number Web> photograph by Kiichi Matsumoto/NumberWeb

将棋界のトップランナーであり続けた羽生善治。『将棋世界』の表紙でも珍しい2ショット姿などが掲載されてきた

 前編集長の大崎善生は10年間にわたって、充実した内容の誌面に仕立ててきた。しかし、公私ともに交流した村山聖九段(1998年に29歳で早世)の棋士人生を綴った『聖の青春』の刊行を機に作家に転身することになり、将棋連盟に私を後任として推挙したという。『将棋世界』の特集企画で、よく協力したことを評価してくれたようだ。私は1989年から95年まで将棋連盟の理事を務め、出版部門を担当した。当時も『将棋世界』を盛り立てるために、編集面で自分なりに尽力した。ただ業務を管轄する理事と、現場をまとめる編集長とでは立場が違う。

 現役時代、盤上で積極的な指し方を心がけており、編集の現場でも、斬新な企画を打ち立てて魅力的な内容にする方針だった。ただ現状をあまり変えたくないという編集部員もいて、思うようにはいかなかったことも事実である。

羽生とサッカー日本代表経験者の2ショット

 携わった『将棋世界』について、写真とともに紹介する(外部サイトでご覧の方は下の【関連記事】からご覧になれます)。

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 2001年5月号、加藤一二三・九段(61)はA級順位戦の最終戦で負ければ降級という状況で、迫力のある将棋で1200勝目を挙げて残留を果たした。別の写真ページでは、学生服を着た若き日の加藤を紹介している(珍しい喫煙光景も)。

 少々趣が異なるのは、2001年8月号である。羽生五冠が、サッカー日本代表経験があり将棋を愛好するFW北嶋秀朗(当時柏レイソル。現クリアソン新宿監督)の本拠地・日立台を訪れ、レイソルのユニフォームに袖を通した。共通点が多いという勝負談義を交わし、ピッチで北嶋と軽く応酬した。羽生にとってボールを蹴ったのは小学生以来だった。

 2002年7月号は、森内俊之新名人(31)の誕生を扱った。傑出した実力がありながら無冠の帝王だったが、「鉄板流」と呼ばれた受け将棋の強さを発揮した。翌8月号の特集企画では、森内名人、島朗八段(39)、佐藤康光王将(32)、羽生竜王らの「島研」の元メンバーが集まって対談した。9月号では谷川浩司九段(40)が同年7月にライバルの羽生王位を破り、公式戦で通算1000勝達成を大きく扱った。谷川は「25年(最速記録)の積み重ねで達成できたことに感慨を覚えます」と喜びを語った。

 特集企画や定番記事のほかに、対談、インタビュー、評論、随筆、漫画などを盛り込んだ。

校了日間近→翌日が順位戦対局で勝利したことも

 当時は「観る将」という言葉はなかったが、盤外の話に興味を寄せる読者は潜在的にいて、私はそれを意識して誌面を構成した。棋力を上げたい読者はもちろん多かった。将棋を楽しむ、棋力を上げる。二分化した読者のバランスをどう取るかに腐心した。

【次ページ】 志村けんvs米長…江川卓、川淵三郎もゲストに

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