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ぶら野球BACK NUMBER
巨人スカウトの約束「星野君を指名するから…」が裏切られ…ドラフト1位は“名前も知らない高校生”、星野仙一が巨人を憎んだ日
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中溝康隆Yasutaka Nakamizo
photograph byKYODO
posted2026/04/20 11:03
1969年に明治大から中日に入団した星野仙一(写真は翌年キャンプで)
西鉄とのオープン戦初登板では、逆転サヨナラ打を許し、グラブをグラウンドへ力いっぱい叩きつけてみせた。星野はプロ1年目から、“燃える男”だったのだ。一方で開幕前のドラゴンズ激励会の舞台で、菅原洋一の『知りたくないの』を歌い、「野球をやってるほうがよほど楽ですよ」と赤い顔で照れてみせる新人らしい一面もあった。
ドラ1右腕のデビューは開幕3戦目、4月13日のダブルヘッダー広島戦2試合目でプロ初先発初登板も、興津立雄に3ランを浴びて2回3失点の黒星スタート。大島信雄投手コーチは「心臓が強いだけじゃダメですよ」と厳しい言葉で突き放し、その後しばらく登板機会すら与えられなかった。星野は二軍落ちも覚悟したが、福井遠征中の宿舎で、水原監督から「おまえ、いい部屋もらってるじゃないか」と声をかけられ、思わず「僕はもう試合で投げさしてもらえんし……、その辺の川原ででも寝ますよ」と言い返した。そんな不貞腐れるルーキーに対して、水原は5月5日広島戦の先発を当日に告げるのだ。6回3分の2を1失点に抑えプロ初勝利を挙げた星野は、試合後のインタビュー中、嬉しさのあまり涙を流した。
巨人戦初登板は、5月7日の後楽園球場だった――。
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