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ぶら野球BACK NUMBER
巨人スカウトの約束「星野君を指名するから…」が裏切られ…ドラフト1位は“名前も知らない高校生”、星野仙一が巨人を憎んだ日
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中溝康隆Yasutaka Nakamizo
photograph byKYODO
posted2026/04/20 11:03
1969年に明治大から中日に入団した星野仙一(写真は翌年キャンプで)
「こちらは約束違反にまだカリカリしているところに、沢田さんは、
『キミ、もう1年(プロ入りを)待たないか』
と言うではないか。当時はまだノンプロ入りして2年間の凍結期間の取り決めは存在しなかった。沢田スカウトは僕にノンプロへ行って来年のドラフトを待て、と言ったのだ。僕は、
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『冗談じゃないですよっ!』
と憤然としてこの人の傍を離れた。これでますます巨人憎しの気持は昂まったのだ」(『星野仙一の巨人軍と面白く戦う本』/星野仙一/文藝春秋)
「あいつは巨人にふさわしくない」ある事件
こうして、星野仙一のプロ生活は、「俺を指名しなかったことを後悔させてやる!」という巨人に対する敵愾心からスタートしたのである。なお、星野が現役引退後に元巨人監督の川上哲治に指名回避した理由を聞くと、「右肘を壊しているという情報があったから」と明かされている。さらに巨人の堀内恒夫は、この年のドラフト前に神宮球場のロッカールーム内のテレビで、六大学野球の中継を見ていた時、ある事件に遭遇したという。
「星野さんがデッドボールを与えた相手ピッチャーを怒り狂って、グラウンドの中を追いかけ回したことがあった。それを見ていた(巨人監督だった)川上(哲治)さんが、『あいつは、巨人にはふさわしくない!』と言って、ドラフトで獲得することをやめたんだ」(『ベースボールマガジン』2024年7月号/1969─1982「星野仙一と中日ドラゴンズ」)
指名漏れの理由がなんであれ、グラウンド上で感情を爆発させる燃える男・星野に巨人のチームカラーは合わなかっただろう。1969年の春季キャンプ、シートバッティングで初めて投げる前、ルーキー星野は水原茂監督に「打たせるのですか。それとも牛耳るのですか?」と言ってのけた。


