テレビに映らない大谷翔平:番記者日記BACK NUMBER
「メンタルを言い訳には」大谷翔平まさかの“40打席連続ノーアーチ”も…真美子夫人とデコピンとクリケットバットがドジャース1年目序盤を救った
posted2026/03/27 17:01
大谷翔平にとってドジャース1年目の2024年、開幕直後は本塁打が出ず苦しんだ
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柳原直之(スポーツニッポン)Naoyuki Yanagihara
photograph by
Nanae Suzuki
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三塁コーチやベッツと入念に話し込んでいた
《2024年3月28日 本拠地開幕戦セントルイス・カージナルス戦○7-1》(ドジャースタジアム)
これまでにはなかった光景を見た。大谷は初回の二塁打で前の走者ベッツの動きを見ないで三塁へ進み憤死したプレー後、三塁ベンチでエベル三塁コーチやベッツと入念に話し込んだ。
専属通訳だった水原一平氏が解雇され、通訳代行のウィル・アイアトン氏が間に入ったが、同氏を介さずに直接やりとりする場面が目立った。その他にもロバート・バンスコヨック打撃コーチらとタブレット端末を見ながら、バットの構え方を何度も微調整するなど、直接英語で意見を交わしていた。ロバーツ監督も「翔平は常に打撃コーチと一緒にいて、質問している。素晴らしい。良いことしかない」と目を細めた。
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2日前の3月26日に指揮官は水原氏を「緩衝材」と表現した。大谷が通訳を介さず直接コミュニケーションを取るようになり、「チーム内の関係性が良い方に促進される」。大谷の自立への一歩となっている。
かつて水原氏は大谷の英語力について「翔平は皆さんが思うより3倍以上できる」と語ったことがある。指揮官も「彼がどれだけ英語を知っているのか、みんな驚くだろう」と言う。自らの言葉で伝え、聞き、理解を深める。新天地で迎えた米7年目。本拠地開幕戦は「2番・DH」で2安打1得点の活躍で7-1の快勝に貢献した。
じつは1年目…代名詞の本塁打が出なかった
24年と同様に右肘手術の影響で打者に専念した19年シーズンは打率.286、18本塁打。左膝痛の影響もあったが、新人王に輝いた前年から成績を伸ばせず、大谷は「(二刀流ではなく)打者として出続ける難しさはある」と語ったことがある。二刀流こそ大谷の本懐。打者として結果が出なくても投手で挽回でき、逆も同様。投打を同時にこなすことで気持ちの切り替えも、上手くできていた。
ただ、開幕直後。懸念していたその「難しさ」を実感することになる。
