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甲子園優勝からガラリ低迷…崇徳は“なぜ強くなった”のか? 広島の私立、専用球場、寮の完成…崇徳OB・山崎隆造が証言する、他界した“ある熱血監督”の話 

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井上幸太

井上幸太Kota Inoue

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posted2026/03/19 06:03

甲子園優勝からガラリ低迷…崇徳は“なぜ強くなった”のか? 広島の私立、専用球場、寮の完成…崇徳OB・山崎隆造が証言する、他界した“ある熱血監督”の話<Number Web> photograph by Kota Inoue

早稲田大学野球部監督を経て、崇徳野球部も率いた應武篤良前監督(2018年撮影)

勝負の代だった…昨夏の結果

 監督の藤本は手応えを感じていた。昨夏の広島大会、準決勝まで危なげなく勝ち上がり、19年ぶりに決勝へ進出。3連覇を狙う広陵との頂上決戦に臨んだ。

 2年生エース左腕の徳丸凜空と、相手の主戦格だった本格派右腕の堀田昂佑が、互いに譲らない投げ合いを見せ、崇徳の1点リードのまま9回に突入した。あと1イニングしのげば、49年ぶりの夏の甲子園出場。関係者の誰もが祈るように見つめたが、結末は残酷だった。

 2死二塁から、相手エースの堀田が左翼手の頭上を越える同点二塁打を放ち、延長10回タイブレークの末に1-2で競り負けた。堀田に同点打を浴びたのは、内角に投じた初球の直球。敗戦から半年が経とうとする今も、この場面について、藤本の自問自答が続く。

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「それまでの3打席、インコースで抑えられていたので、自分がキャッチャーでもそこを攻めていたと思います。でも、初球でなく、変化球で入ってから、勝負球として使うべきだったのか。それ以前に、あそこで堀田君と勝負すべきだったのか。何が正解だったのか、ずっと考えています」

 失意の崇徳にあって、好材料があったとすれば、広陵に手痛い一打を浴びたバッテリーが2年生だったことだ。

甲子園出場を決めた日

 エースの徳丸は、夏の1球を心に刻み、秋は「最後のアウトを取るまで、気を緩めないように」と、左腕を振った。秋の広島大会決勝では、再び広陵に苦杯をなめたが、中国大会では4試合を一人で投げ抜き、33回をわずか1失点にまとめた。高川学園との決勝でも、主将で捕手の新村瑠聖のミットに鬼気迫る表情で投げ続け、チームを33年ぶりの頂点に導いた。左投手として師弟関係にある岩見も、徳丸の力投を称える。

「ボール自体は夏の方がよかったとは思うんです。秋は夏の疲れもある中で、いい意味での抜き方、メリハリを覚えてくれたかなと。強くなりましたね。夏の経験が生きていると思います」

 チームをひも解くと、徳丸らの学年の入学と同時に専用寮が完成。入学直後から心技体を鍛え抜かれた選手たちが、とうとう殻を破ったと言える。

 ここに至るまでの道のりを知る同校OB山崎隆造の喜びもひとしおだ。

【次ページ】 センバツ初優勝から50年…変化

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